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未亡人だった安藤の恋人は、二度も愛した人を亡くしたことになると。冬乃は不意に思い出して、胸内を突き刺すような痛みが奔った。
安藤は武士として、名誉の死であっても。それでも、遺してゆく彼女のことは無念だったのではないのだろうか。
それすら覚悟で、fut植髮 常に戦場に臨んでいるのが武士なのだとしても。
(安藤様・・)
安藤と彼女と、皆でまた甘味屋へ行こうと話したことを、思い出し。
込み上げた想いに、冬乃は目を瞑った。
安藤の墓に手を合わせて戻ってきてから、厨房で片付けの続きをしている冬乃に、
ひどく放心して見えていたのか、お孝が流れ作業のなか無言で皿を渡してきつつも、心配そうな顔を見せてきた。
冬乃はそれに気づいて、皿を受け取りながら、微笑みを作って返してみせる。
大丈夫だと。
そう、この不安も。
杞憂なだけだ。
いま安藤を亡くした辛さで悼む心が、造り出している杞憂。
冬乃は必死に自身へ言い聞かせる。
もしかしたら命の期限は変えられない、
一瞬でもそんな疑念が奔ってしまったせいで、囚われているだけだと。
沖田の命も、救えないのではないかと、
そんな不安に。
安藤を救えなかった痛恨は、冬乃の心に鉛のように落ちて、この不安を奥底まで引きずり込んでいるかのようだった。
「・・・冬乃さん、よね?」
門の裏で、箒を手にぼんやりしてしまっていた冬乃を背後から呼んだのは、忘れもしない千代の可愛らしい声だった。
振り返った冬乃に、「あ、やっぱり」と千代が微笑む。
現れた彼女に声なく目を瞬いた冬乃に、
「ご無沙汰してます」
千代がお辞儀をした。
「こちらこそ」 冬乃は慌てて返す。
「まつりごとの話はわかりませんけど、長州様の件があって皆さま御多忙でらしたことはさすがに存じておりましたので、ずっと訪問させていただくのは控えてましたの」
そういうと千代は小首を傾げて。
「九月に入りましたし、さすがにもう宜しいかと思って」
冬乃はあいまいに頷くしかない。
「これ、おすそわけです。江戸の知人から届きましたの、いろんな味噌漬け。江戸の人にはやっぱり江戸の味がいいですものね」
ふふ、と笑う千代に、冬乃は、
「あ、と・・沖田様へ、ですよね」
聞きながら、
(馬鹿か私は)
嘆息しつつ。
(聞かなくても分かりきったことじゃない)
「そんな」
だが、千代は驚いたように頬を染めた。
「お二人へですわ。冬乃さんと沖田様で召し上がってください」
「・・すみません。有難うございます」
ばつのわるさに、冬乃も紅くなって受け取った。
「でもたしかに・・沖田様はいらっしゃる?せっかくだからご挨拶していきたいわ」
澄んだ双眸にまっすぐに見つめられて冬乃は目を逸らした。
「沖田様は今、巡察に出ています・・」
「まあ残念。それでしたら宜しくお伝えください」 千代の和やかな声が返った。
(・・嘘ついちゃった・・・)
沖田なら本当は今、道場だ。
(何してるの私は)
「冬乃さんがお仕事お休みの日はいつ?ほんとに甘味屋さん、行きましょう?」
疑いもしない千代が、にこにこと冬乃を誘って。
罪悪感に圧されながら冬乃は、「まだ予定がわかりません」と囁くように答えた。
「わかったらお伝えしに伺いますので・・」
「まあ楽しみ。お待ちしてます」
千代の明るい声は、ことさら冬乃を縮こまらせた。
踵を返して帰ってゆく彼女の背を、しばらくぼんやり見ていた冬乃は、やがて、はっと我に返った。
(今、お願いだけでもしてみれば)
「お千代さん!」
冬乃の追ってくる声に驚いたように振り返った千代へ、
「聞いてほしい事があるんです、」
追いついた冬乃は、ひとつ大きく息を吸うと。
「私の知人で労咳で亡くなった人がいました」
咄嗟の作り話を、練り出した。
「貴女と同じ、看護のお仕事をしていた人でした。末期の労咳の患者さんもいて、時おり看ていました」
突然なにを言い出すのだろうと困惑したような表情で、千代がそんな冬乃を見上げる。
「ああ。俺の友垣に中村ってやつがいるんだが、そいつ先日の捕り物で怪我しててな。サラシを替えてやろうとしたらもう手持ちが無いんだ。予備の類いは女側の使用人部屋に置いてあるんだが、さすがに勝手に入るのも、と思ってさ」
「そういうことでしたら」
サラシは包帯として使われる。
冬乃は、頷いて、運動脫髮 冬乃とお孝のために用意されているその使用人部屋へと足を向けた。
どちらにしても一度、部屋へ寄って小物を片付けるつもりだったので帰り道だ。
(割と友達おもいなんだ?)
横並びに行きながら、冬乃は隣の優男をちらりと見やる。
すぐに視線に気づいたのか山野が、顔を向けてきた。
「おまえ、・・こうして並ぶと俺と背、変わらないな。女にしては背あるよな」
そのまんざらでもなさそうな声に、冬乃が少し首を傾げた先で。
「細っこくて背の高い女、嫌いじゃないよ」
と山野が口角を上げる。
(・・平成では、普通サイズなんだけどな)
「背高い女みると、征服欲ってやつ?燃えるんだよね」
「・・・・」
(マジ変な男)
あいかわらずな山野に、そして冬乃は返事も面倒になって前へ向き直った。
「で、おまえの想い人って誰」
そこにまたも直球の問いが飛んできて、
冬乃はもはや失笑して。
「言うわけないじゃないですか」
おもわず答えてしまった冬乃に、
「そりゃそうだよな」
山野が笑い返してきた。 その、可愛いとしか形容できないほどの愛らしい笑顔に、不覚にもうろたえた冬乃に、
山野が、昼間の時のようにまた不意に手を伸ばした。
今度は避けようと体を引いた冬乃の、
仕事の後で、片方の胸前へひとつにまとめて流したままの髪へと、
山野の手のほうが先に届いて。
なおも体を引いた冬乃から、山野の指に絡められた長い髪が梳かれて、さらさらと宙をなびいた。
「俺、おまえを落とす」
そして、あろうことか。
とんでもない宣言が、投げつけられた。
「冗談やめてください」
冬乃からの、即答に。負けじと山野がにじり寄る。
「何だよ。そんなに好きなのか、その男の事」
(だって、)
距離を保つべく後退りながら冬乃は、大きく頷いてみせて。
(沖田様しかみえないし)
いまだかつて。沖田以外の男に、惹かれたことなどあったか。
「早く、サラシ取りにいきませんか」
相手にしてられないと、促す冬乃に。
そして山野は、わざとらしく嘆息した。
「これは長期戦か」
もはや冬乃は無視して、足早に部屋をめざした。
女用の使用人部屋には、前川屯所のなかで贅沢にも、小庭のついた離れの一角が割り当てられており。
隣は局長部屋、斜め隣が副長部屋で。冬乃が二度も机に躓いて倒れていた例の部屋である。一度目はここからすぐの裏戸を抜けて八木家の母屋まで運ばれて、そこで冬乃は目を覚ました。
(そういえば)
やっぱり冬乃を運んだのは、冬乃の体を調べた沖田なのだろうかと。
冬乃は後ろに山野を連れながら、今更ながら考えを巡らせて、顔を紅らめた。
その土方達は就寝には八木家離れへ帰っているために当然、この離れには夜になると誰もいない。 お孝も帰った後のようだった。
小庭をくぐり、玄関へ上がった先、あかりの消えた使用人部屋の前まで来てから、その暗がりを見て本能的に冬乃は、
「ここで待っててください」
と入口で山野を制した。
「・・・」
何か言いかけた山野を置いて、冬乃は部屋の中へ入り、後ろ手に襖を閉める。
(・・・て、真っ暗)
つい平成の感覚で、部屋に入ってから明かりをつける癖が抜けてない。
火を使う江戸時代の世で、それは無理があった。
結局すぐに襖をあけて出てきた冬乃を見て、山野が噴いた。
「おまえ、なにやってんの」
明かりも点けずに部屋を閉め切ったと思ったら、すぐまた出てきた冬乃を山野がからかうように笑って。
(うるさいなもお)
冬乃は気恥ずかしさを隠して、つんと顔を背けた。
今度は襖を開けたまま、外の薄明かりを頼りに、行灯のそばまで行って。
八木ご妻女の作業を思い起こしながら冬乃は、見よう見真似で、行灯の傍らにある入れ物から火打ち石を取り出し、火口を乗せて打ってみた。
しかし、妻女はあんな簡単そうに火を起こしていたのに、小さな火花ばかりが煌めくだけで、なかなか点かない。
「・・・まさか、使ったこと無い、なんて言わないよな??」
「僕は広告関係の仕事をしているんです。これ、僕の名刺です」
「あら、もらってもいいの?名刺なんて、初めてもらったわ。会社は札幌駅の近くなのかしら。良い所に勤めていらっしゃるのね」
母は彼から名刺を受け取り、investing us stock market 完全に舞い上がっている。
社名を見ただけで良い会社なのかなんて母にわかるわけがない。
「ねぇ、そういう話はいいから、とりあえずお寿司食べようよ。私、お腹すいた」
「そうだな、食事にしよう。匠くんが買ってきてくれたお酒を皆で飲もうか」
「お父さん、僕が注ぎますよ」
「悪いねぇ、ありがとう。匠くんは、お酒強いんだってね」
「えぇ、飲んでも酔えない体質みたいで。お父さんも強いんですか?」
久我さんと父の会話は安心して聞いていられる。
思う存分、美味しい日本酒と大好物の寿司を堪能させてもらおう。
「あー、やっぱここのトロは格別だね!昔からここの寿司食べてるけど、味が衰えてないもん」
「そりゃそうでしょ。蘭が初めて彼氏を連れてくるって言うから、最高のものを作ってちょうだいってお願いしてきたんだから」
「そんなこと言ってきたの?やめてよ、恥ずかしい」
実家の向かいには、昔から馴染みの寿司屋がある。
私が子供の頃から家族で通っている寿司屋で、店主とその奥さんとは気心知れた仲だ。
「本当に美味しいですね。今度、店に食べに行ってみたいな」
「気に入ってくれて良かったわぁ。今度ぜひ一緒に行きましょうね」
「ちょっと、何でお母さんが一緒に行くのよ」
所々母の発言に突っ込みながらも、寿司を食べる手は止まらない。
久我さんも本当に気に入ってくれているようで、普段お酒を飲むときはあまり食べない彼が珍しく箸を進めていて嬉しくなった。
「で、二人の出会いは?どうやって知り合ったの?」
「お母さん、それ興味ある?普通、親がそういうこと聞く?」
「だって気になるでしょう?あなた、私たちに何も話してくれないんだから」
そもそも、言えるはずがないのだ。
出会った当初、久我さんが私の親友に恋をしていたなんて母に話したら、彼への態度が急変してしまうに違いない。
「行きつけの飲み屋が一緒だったの。それで、親しくなっていっただけ。納得してくれた?」
「そうなの?蘭、その店に通っていて良かったわね。おかげで、こんな素敵な人に出会えたんだから」
「……そうね。それは、そう思ってる」
家族の前で認めるのも恥ずかしいけれど、本当に思っているんだから仕方ない。
すると、隣にいる彼が箸を止め口を開いた。
「僕も、同じ気持ちですよ。蘭さんに出会えて、本当に良かったといつも思っています」
「……」
久我さんが、私を見つめふっと微笑む。
私、この顔に弱すぎるんだ。
見つめられるだけで、嬉しくて、涙が出そうになる。
「こんな日が来るなんて……感慨深いわ。ねぇ、お父さん」
「そうだな」
見ると、なぜか母まで泣きそうになっている。
「ちょ、何で泣きそうになってんの?どうしたの?」
「だって……蘭からお付き合いしている人の話なんて、本当に今まで聞いたことがなかったでしょう?このまま好きな人も出来ずに、仕事だけのために生きていくのかと思っていたから、こんな現実が訪れるなんて夢のようで……」
「泣かないでよ……大袈裟なんだから」
お酒のせいもあるのか、母の気は完全に緩んでしまったようだ。
こうやって母が泣いている姿を見るのは、何度目だろう。
別に、結婚の挨拶に来たわけでもないのに。
結婚の話なんて、一切出たことがないくらいなのに。
恋人を紹介しただけで泣いてしまうなんて……私はこれまでどれだけの心配を両親にかけてしまっていたのだろう。
母は、どれだけ私のことで悩んできたのだろう。
私が男性を好きになれなかったことに、気付いていたのかもしれない。
母の涙を目にして、胸がキュっと締め付けられるように痛くなった。「蘭のことを好きになってくれた匠さんには、私もお父さんも本当に感謝しているのよ。ほら、この子気が強いでしょう?生意気なことばっかり言うし、可愛いげがないから」
「私の性格はお母さん譲りだと思うけどね」
「あとは、匠さんが蘭のことをもらってくれたら、もう何の心配もないんだけど……」
母の発言を聞いた瞬間、私は無意識に咳払いをしてその発言を掻き消そうと試みた。
絶対、余計なことを言うと思っていた。
予感は的中したのだ。
「お母さん、お願いだからこれ以上余計なことは言わないで。あ、久我さん他のお酒飲む?何でも揃ってるよ。ワインも焼酎もあるし」
これはもう、無理やりにでも話題を変えるしかない。
じゃないと、変な空気になってしまう。
彼に変な気を遣わせてしまう。
そう思っていた。
「蘭さんは、誰よりも素敵な女性ですよね。確かに気は強いと思いますけど、彼女の言葉はいつも筋が通っているし、嘘がないし、何に対してもいつも真っ直ぐに向き合っていて、尊敬しているんです」
「……」
待って、不意打ち過ぎる。
いきなり隣で褒めちぎられても、反応に困ってしまう。
「何より、一緒にいると落ち着くんです。最初に出会った頃から、彼女の前では素の自分でいられたので、こんな出会いはもう二度とないと思って。どうにか自分のことを好きになってもらいたくて、とにかく僕は必死でしたね」
少し照れくさそうに話す顔。
今ここに両親がいなければ、その横顔にキスをしていたかもしれない。
だってもう、狡い。
どれだけ私を喜ばす気なのだろう。
「匠くん!本当に……娘のことをありがとう!」
どうやら、喜んだのは私だけではなかったようだ。
さっきまで泣いていた母と入れ替わるかのように、次は父が涙ぐんでいる。
本当に、涙もろい家族だ。
「匠くん、もっと飲もう!」
「お父さん、飲み過ぎじゃない?大丈夫?」
「これぐらい問題ない。蘭も、もっと飲みなさい」
娘のことを褒められて、気を良くしたのだろうか。
ここから父はお酒の力もあって饒舌になり、酔い潰れるまで延々と久我さんに絡み続けた。
「そもそも、医療事務の子とどうやって仲良くなったの?そこまで接点ないはずだけど……」
「うちの後輩と小泉が同期なんだよ。それで去年うちの部署で開いた飲み会に、後輩が彼女を連れてきたのが話すきっかけだったんじゃないかな」
「……ふーん」
ずいぶん余計なことをしてくれたなと、股票开户 私はその後輩のことを心の中で恨んだ。
「最近いろいろ相談されてたのは事実だけど、本当に七瀬が心配になるようなことは何もないから」
「……」
あの子が甲斐を好きだという噂があると、甲斐に言ってしまいたかった。
でも、噂の真偽も確かめずにそんなこと言えなかった。
それに、もしその噂が本当だとしたら、彼女の気持ちを勝手に私が本人に伝えてしまうことになる。
それは人としてどうなのだろうと思ってしまったのだ。
「……わかった。甲斐の言うこと、信じる」
今ここで、相談されていた内容って何?と問い詰めたら重い女だと思われるだろうか。
本当は凄く気になるけれど、もし問い詰めても甲斐は他人のプライバシーに関わることを簡単には口にしないだろう。
「でも、言ってくれてありがとな」
「え?」
「小泉のこと。七瀬が、俺の知らない所で悩むのは嫌だから」「そもそも、医療事務の子とどうやって仲良くなったの?そこまで接点ないはずだけど……」
「うちの後輩と小泉が同期なんだよ。それで去年うちの部署で開いた飲み会に、後輩が彼女を連れてきたのが話すきっかけだったんじゃないかな」
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「最近いろいろ相談されてたのは事実だけど、本当に七瀬が心配になるようなことは何もないから」
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それは人としてどうなのだろうと思ってしまったのだ。
「……わかった。甲斐の言うこと、信じる」
今ここで、相談されていた内容って何?と問い詰めたら重い女だと思われるだろうか。
本当は凄く気になるけれど、もし問い詰めても甲斐は他人のプライバシーに関わることを簡単には口にしないだろう。
「でも、言ってくれてありがとな」
「え?」
「小泉のこと。七瀬が、俺の知らない所で悩むのは嫌だから」電話で甲斐の声を聞いていると、無性に会いたくなってしまう。
何も心配いらないからと言って、抱きしめてキスしてほしい。
「こうやって話してると、七瀬に今すぐ会いたくなってきた」
「え……」
「七瀬は違った?」
離れている二人が、今この瞬間に同じことを思っている。
きっとそれは、どんなに小さくても奇跡だと言っていいだろう。
「……私も、会いたいって思ったよ」
電話の奥で、甲斐が嬉しそうに笑う声が聞こえた。
「……ねぇ、甲斐」
「ん?」
今なら、お酒の力を借りて何でも言える気がした。
普段の私なら絶対に避けるような話題も、口に出来る気がしたのだ。
「甲斐は……結婚ってどう思う?」
同級生の結婚式に参列したことで、以前よりも結婚を身近に感じるようになったのかもしれない。
周りの友人たちから結婚はまだしないのかと急かされ、気になり始めたのかもしれない。
甲斐と付き合い始めてから、お互い一度も話題に出さなかった。
実際、甲斐はどう思っているのだろう。
もちろんまだ結婚について何も考えていない可能性はある。
とにかく、どんな意見でもいいから甲斐の本音を聞きたくなった。甲斐から答えが返ってくるまでの間、緊張が走る。
きっとその時間は短いものだったのだろうけれど、私にとってはとても長く感じた。
「七瀬、もしかして今日会った友達とかに今の彼氏との結婚は考えていないのかって聞かれた?」
「え……」
「桜崎とか、平気でお前のこと煽りそうだもんな。でも、そんな周りの言うことなんて気にしなくていいから。俺らは俺らのペースで付き合っていけばいいじゃん」
「あ……うん」
微妙に答えをかわされた気がするのは、私の気のせいだろうか。
「それに、俺は七瀬に結婚願望がないことはちゃんとわかってるから。そんな心配しなくても、急かしたりしないから大丈夫だよ」
「違っ……!そうじゃなくて!」
変な誤解をさせてしまったことに焦った私は、思わず大きな声を出してしまった。
「別に急かされるとか心配してるわけじゃなくて……ただ、甲斐がどう思ってるのか聞きたかっただけなの」
その直後に届いた甲斐の声は、普段の何倍も優しく感じた。
「……俺は、結婚に対して執着はないかな。七瀬と一緒にいられれば、それでいいと思ってるよ」
「……そっか……ありがとう」
歩きながら、私は必死に涙を堪えた。
なぜ泣けてきたのか、わからない。
ただ、私を気遣うような甲斐の優しくて切ない声が、胸の奥に深く染み渡っていった。
友人の結婚式に参列した日から二週間が経ち、私はあの日からずっと結婚について真剣に考えるようになっていた。
自分の親が二度も結婚に失敗しているからか、結婚に対してどうしても良いイメージは持てずにいる。
でも、結婚って最高だよと言う同僚や友人の話を聞いていると、少し心が揺れ動くようになった。
遥希と付き合っていた頃は、結婚に対して興味を持つことさえ出来なかったのに……。
「依織、ちょっと聞いてんの?」
「え?あ、蘭ごめん。ぼーっとしてた」
「あんた最近、ぼんやりし過ぎじゃない?もしかして、あの小悪魔女子に何か言われた?」
「いや、別に何も言われてないよ」
この日は蘭と休憩の時間が被ったため、今は休憩室でランチ中だ。
蘭が言う通称小悪魔女子の小泉さんとは、廊下ですれ違って挨拶することはあっても何か言われたことはない。
でも最近、すれ違うときに異常に見られている気がしているけれど、それを言ったら蘭が騒ぎそうだから言わないことにした。
「まぁ、何も言われてないならいいけど。それより、スマホの画面にメッセージ出てる」
蘭に言われてテーブルの上に置いていたスマホを見ると、甲斐からメッセージが届いていた。
いつも私が漫画を買う本屋は、大通駅のすぐそばにあるビルの中に入っている。
ここは漫画の品揃えが豊富で、何時間いても飽きることはない。
狙っていた漫画の新刊は、レジの近くに平積みされていた。
「あった……」
表紙を見ただけで萌えてしまう。
ワクワクしながらレジに並び、買った漫画にはしっかりブックカバーを付けてもらった。
お目当ての漫画は買えたから、後は食事だ。
ちょうどお腹も空いてきたところだ。
確かこの近くに、美味しいと評判のハンバーグの店があったはず。
スマホで検索しながら向かうと、一分もかからない距離にその店はあった。
私は一人で外食をすることに対して抵抗はない。
さすがに焼肉は行けないけれど、それ以外なら大体一人でも大丈夫だ。
だからこの日も、經血過多 一人で食事をするつもりだった。
「七瀬さん?」
「あ……!」
すぐ隣に人の気配がすると思ったら、スーツ姿の久我さんが、私を見て驚いていた。
「久我さん、どうしてここに?」
「僕は今日の夕食をどこの店で食べるか、考えながら歩いていたんです。そうしたら、ちょうど七瀬さんの姿を見つけて」いつも私が漫画を買う本屋は、大通駅のすぐそばにあるビルの中に入っている。
ここは漫画の品揃えが豊富で、何時間いても飽きることはない。
狙っていた漫画の新刊は、レジの近くに平積みされていた。
「あった……」
表紙を見ただけで萌えてしまう。
ワクワクしながらレジに並び、買った漫画にはしっかりブックカバーを付けてもらった。
お目当ての漫画は買えたから、後は食事だ。
ちょうどお腹も空いてきたところだ。
確かこの近くに、美味しいと評判のハンバーグの店があったはず。
スマホで検索しながら向かうと、一分もかからない距離にその店はあった。
私は一人で外食をすることに対して抵抗はない。
さすがに焼肉は行けないけれど、それ以外なら大体一人でも大丈夫だ。
だからこの日も、一人で食事をするつもりだった。
「七瀬さん?」
「あ……!」
すぐ隣に人の気配がすると思ったら、スーツ姿の久我さんが、私を見て驚いていた。
「久我さん、どうしてここに?」
「僕は今日の夕食をどこの店で食べるか、考えながら歩いていたんです。そうしたら、ちょうど七瀬さんの姿を見つけて」いつも私が漫画を買う本屋は、大通駅のすぐそばにあるビルの中に入っている。
ここは漫画の品揃えが豊富で、何時間いても飽きることはない。
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「あった……」
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お目当ての漫画は買えたから、後は食事だ。
ちょうどお腹も空いてきたところだ。
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だからこの日も、一人で食事をするつもりだった。
「七瀬さん?」
「あ……!」
すぐ隣に人の気配がすると思ったら、スーツ姿の久我さんが、私を見て驚いていた。
「久我さん、どうしてここに?」
「僕は今日の夕食をどこの店で食べるか、考えながら歩いていたんです。そうしたら、ちょうど七瀬さんの姿を見つけて」「そうなんですか。凄い偶然ですね」
まさかこんな所で会うとは思わなかった。
久我さんとは以前コンビニでも鉢合わせたことがあったけれど、なかなかこんなに偶然が重なる人もいない。
「もしかして七瀬さん、今からこの店で食事するつもりでしたか?」
「あ……はい」
「じゃあ、僕も今夜の食事はこの店にします」
「えっ」
「行きましょう」
適当に嘘をついてこの場から立ち去れば良かったと、少しだけ後悔した。
私は変なところで素直な部分があると、今まで何度も甲斐や蘭に言われてきた。
それはきっと、こういうところなのだろう。
さすがに今から別の店にするとは言えず、私は先に店の扉を開けた久我さんの後に付いて行くしかなかった。
「いらっしゃいませ。二名様ですね、奥の席にどうぞ」
案内されたテーブル席に、久我さんと向かい合わせに座る。
久我さんは早速テーブルに置かれたメニュー表を見ながら、何を注文するか私に尋ねる。
「沢山あって迷っちゃいますね」
「ゆっくり決めましょう。あ、このチーズのも美味しそうですね」
「うわ、チーズいいなぁ。あ、でも和風のおろしハンバーグも捨てがたい……」
メニューを見ながら真剣に悩む私を見て、久我さんはなぜか楽しそうに笑った。「どうしました?」
「いや、可愛いなと思って」
「……」
「先に言っておきますけど、僕はお世辞を言えない人間なんで」
「そう、ですか……」
お世辞が上手ですね、と返そうとしたけれど、返す言葉が見つからなくなってしまった。
私は目を合わせるのも恥ずかしくなり、ハンバーグを注文した後も意味なくメニューに目を通していた。
「今日は、偶然会えて良かったです。七瀬さんからなかなか連絡来ないんで、もう一緒に食事には行けないと思っていましたから」
「すみません……」
「謝らないで下さい。僕が少し強引過ぎました。とりあえず今日は、ここの食事を楽しみましょう」
久我さんは、とてもいい人だと思う。
最初の印象も『いい人』だったけれど、だんだん言葉を交わす内に、最初に抱いた印象よりも今の方が『いい人』の印象が強くなっている。
どれだけ注文に迷っても、一切嫌な顔は見せずに待ってくれる。
私が気まずさを感じないように、会話を振ってくれる。
多少強引なところはあるけれど、そこもきっと彼の魅力の一つになっているのだろう。
「久我さんは広告代理店勤務なんですか。じゃあ、お忙しいですよね」
「仕事はそれなりに忙しいですけど、僕は結構自由にやらせてもらってるんで。不満はないですよ」
ネガティブなことは口にしない。
少し、甲斐に似ていると思った。