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「ああ。

 「ああ。俺の友垣に中村ってやつがいるんだが、そいつ先日の捕り物で怪我しててな。サラシを替えてやろうとしたらもう手持ちが無いんだ。予備の類いは女側の使用人部屋に置いてあるんだが、さすがに勝手に入るのも、と思ってさ」

 

 「そういうことでしたら」

 サラシは包帯として使われる。

 冬乃は、頷いて、運動脫髮 冬乃とお孝のために用意されているその使用人部屋へと足を向けた。

 どちらにしても一度、部屋へ寄って小物を片付けるつもりだったので帰り道だ。

 

 (割と友達おもいなんだ?)

 横並びに行きながら、冬乃は隣の優男をちらりと見やる。

 すぐに視線に気づいたのか山野が、顔を向けてきた。

 

 「おまえ、・・こうして並ぶと俺と背、変わらないな。女にしては背あるよな」

 

 そのまんざらでもなさそうな声に、冬乃が少し首を傾げた先で。

 「細っこくて背の高い女、嫌いじゃないよ」

 と山野が口角を上げる。

 

 

 (・・平成では、普通サイズなんだけどな)

 

 「背高い女みると、征服欲ってやつ?燃えるんだよね」

 

 「・・・・」

 

 (マジ変な男)

 あいかわらずな山野に、そして冬乃は返事も面倒になって前へ向き直った。

 

 

 「で、おまえの想い人って誰」

 

 そこにまたも直球の問いが飛んできて、

 冬乃はもはや失笑して。

 

 「言うわけないじゃないですか」

 

 おもわず答えてしまった冬乃に、

 「そりゃそうだよな」

 山野が笑い返してきた。 その、可愛いとしか形容できないほどの愛らしい笑顔に、不覚にもうろたえた冬乃に、

 

 山野が、昼間の時のようにまた不意に手を伸ばした。

 

 今度は避けようと体を引いた冬乃の、

 仕事の後で、片方の胸前へひとつにまとめて流したままの髪へと、

 山野の手のほうが先に届いて。

 なおも体を引いた冬乃から、山野の指に絡められた長い髪が梳かれて、さらさらと宙をなびいた。

 

 「俺、おまえを落とす」

 

 そして、あろうことか。

 とんでもない宣言が、投げつけられた。

 

 

 「冗談やめてください」

 

 冬乃からの、即答に。負けじと山野がにじり寄る。

 「何だよ。そんなに好きなのか、その男の事」

 

 (だって、)

 距離を保つべく後退りながら冬乃は、大きく頷いてみせて。

 

 (沖田様しかみえないし)

 

 いまだかつて。沖田以外の男に、惹かれたことなどあったか。

 

 

 「早く、サラシ取りにいきませんか」

 相手にしてられないと、促す冬乃に。

 

 そして山野は、わざとらしく嘆息した。

 「これは長期戦か」

 

 もはや冬乃は無視して、足早に部屋をめざした。

 

 

 

 女用の使用人部屋には、前川屯所のなかで贅沢にも、小庭のついた離れの一角が割り当てられており。

 隣は局長部屋、斜め隣が副長部屋で。冬乃が二度も机に躓いて倒れていた例の部屋である。一度目はここからすぐの裏戸を抜けて八木家の母屋まで運ばれて、そこで冬乃は目を覚ました。

 

 (そういえば)

 やっぱり冬乃を運んだのは、冬乃の体を調べた沖田なのだろうかと。

 冬乃は後ろに山野を連れながら、今更ながら考えを巡らせて、顔を紅らめた。

 

 その土方達は就寝には八木家離れへ帰っているために当然、この離れには夜になると誰もいない。 お孝も帰った後のようだった。

 小庭をくぐり、玄関へ上がった先、あかりの消えた使用人部屋の前まで来てから、その暗がりを見て本能的に冬乃は、

 「ここで待っててください」

 と入口で山野を制した。

 

 

 「・・・」

 何か言いかけた山野を置いて、冬乃は部屋の中へ入り、後ろ手に襖を閉める。

 (・・・て、真っ暗)

 

 つい平成の感覚で、部屋に入ってから明かりをつける癖が抜けてない。

 火を使う江戸時代の世で、それは無理があった。

 

 結局すぐに襖をあけて出てきた冬乃を見て、山野が噴いた。

 「おまえ、なにやってんの」

 明かりも点けずに部屋を閉め切ったと思ったら、すぐまた出てきた冬乃を山野がからかうように笑って。

 (うるさいなもお)

冬乃は気恥ずかしさを隠して、つんと顔を背けた。

 

 今度は襖を開けたまま、外の薄明かりを頼りに、行灯のそばまで行って。

 八木ご妻女の作業を思い起こしながら冬乃は、見よう見真似で、行灯の傍らにある入れ物から火打ち石を取り出し、火口を乗せて打ってみた。

 しかし、妻女はあんな簡単そうに火を起こしていたのに、小さな火花ばかりが煌めくだけで、なかなか点かない。

 

 「・・・まさか、使ったこと無い、なんて言わないよな??」

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