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翌十八日の夜には、松平元康(かつて

翌十八日の夜には、松平元康(かつての竹千代)が率いる三河の軍勢を先行させ、

 

織田方との戦に備えるべく、前線基地となる大高城へ兵糧(ひょうろう)を届けるように命を出したのである。

この報はやがて尾張へも届けられ、その日の夕刻に重臣・佐久間盛重と織田秀敏によって信長に伝えられた。

 

日が沈む頃には、林秀貞、内藤勝介ら家老衆が清洲城・表御殿のひと間に集まり、

 

畳敷きの上段で脇息(きょうそく)に凭れている信長を前に、物々しく軍議を行っていた。

 

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「何と!では、今川の軍勢は二万五千以上にも上ると申すのか!?」

 

「初めの報よりも増えておるではないか。こちらは一万の兵を相手にするにも四苦八苦の体と言うにッ」

 

「万が一の場合は、素直に降伏致した方がよろしいのでは?」

 

「確かに、今ならば所領を安堵してもらえるやも知れぬ」

 

「阿呆を申すな!刀を交えずして降(くだ)るなど、末代までの恥じゃ」

 

「応よ!おめおめと降伏の道を選ぶくらいならば、武士らしゅう戦場で果てる方がましと言うもの!」

 

家老衆の話には、作戦に関する具体的な内容は少しも出ず、殆(ほと)んど雑多な世間話であった。

 

見かねた秀貞は、ゆっくりと上段の方へ身体を向けると

 

「殿──。既にご承知置きの通り、我々が動かせる兵はせいぜい二千、多くとも三千が限界にございまする。

 

敵勢は二万五千との報なれど、駿河ら三国を抱える今川のこと、その後ろには更に数百、数千の兵が控えている恐れもございます。

 

まともに戦かったところで、こちらに勝機はございますまい。……ここは、籠城の道を選ばれた方が得策かと」

 

信長の細い目が、機械的に筆頭家老の顔を一瞥する。

 

「この城に立て籠り、敵勢を迎え討つのでございます。降伏の道を選ばれるよりは、およろしきことかと」

 

「なれど佐渡守様、それは如何なものにございましょう?」

 

勝介が鋭く口を挟む。

 

「籠城戦は強力な援軍があって初めて成り立つというもの。援軍もなき籠城戦で勝利を得た試しなど、殆んどございませぬ。元よりこの清洲の城が、籠城に向いているとも思えませぬ故」

 

「ならばどうせよと申すのだ!?」

 

「尾張は平地が多い故、攻め易く、守りにくき国にございます。戦勝を得たくば、この城を出て、戦場にて敵勢と相まみえるべきかと」

 

「兵力が違い過ぎるのじゃぞ。城から出たところで、二万を超える敵勢を相手に、どのようにして戦勝を得よと申すのだ!?」

 

……それは

 

勝介は思わず口ごもると

 

「恐れながら殿は、どのようにお考えにございますか?」

 

狼狽えがちに動くその双眼を、上段の信長に向けた。

信長は勝介の顔を、何やらぼんやりとした表情で眺めると

 

 

と、一言漏らした。

 

「も、もしや、奇襲にございまするか!」

 

控えていた森可成が、思わず前のめりになって叫んだ。

 

「成る程。何か策を弄して今川本隊を分断させ、その隙をつくことが叶えば、我らにも勝機があるやも知れませぬな」

 

「なれど、それを成し遂げる為には、今川本陣の正確な位置を知っておかねばなるまい」

 

「左様。先々で今川がどう動くのか、それをしかと把握していなければ、奇襲など成功致しませぬぞ」

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