寺に陣が敷かれているのだ。
国親がいるのではないかと覗いてみたが、立っている旗の中に宗我部の物はなかった。
意識は取り戻したものの放心状態が続く姫は、後方にある鎮守の杜に置いてきた。
人が入ってはならぬ場所である。
敵も探しには来ぬだろう。
筒袋の物入れから油紙の包みを取り出す。
それを開くと十粒ほどの丸薬が現れた。
四粒とって一粒を口に、残った三粒を帯からさげた袋に入れた。
痛みどめだ。
油紙をしまいこみ腰に手挟んだ手斧を引き抜いた。
束ねて腰に結んでいた縄をほどき、手斧の柄の先の穴に通す。
賭けに出ることにしたのだ。
先ほどの待ち伏せを避けた際に、つま先を地蔵にぶつけ、親指の爪が剥がれた。
もはや、馬の半分も走れない。
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大きな椨の木の陰に隠れて、伝令をやり過ごすと、その後をゆっくり走ってくる騎馬武者に狙いを定めた。
手斧を重しがわりに、縄をぐるぐると振り回す。風切り音は蹄の音でかき消されているだろう。
手の内を滑らせながら、さらに大きく振り回した。
縄と手斧は絵に描いたように見事に巻きつき、男は背中から落ちた。
体に当たったのは斧頭側だ。
致命傷にはなっていないだろう。
馬は、しばらく走ってから、様子を窺うように立ち止まった。
イダテンは、慎重に後ろから回り込んだ。
男の腰に吊るされた太刀を引き抜き、膝を背にあて、喉に腕を巻きつける。
「騒ぐな。国親は今、どこにいる?……正直に言わぬと、喉をかききるぞ」
が、それは武士ではなかった。
忘れるはずもない。イダテンから勾玉を奪おうとした三白眼の男だ。
男は自分を捕えたのがイダテンだということに驚きながらも、痛みと息苦しさが和らぐと、ぺらぺらと喋り始めた。
「まて、まて、わしは敵ではない。お前も知っておろうが、阿岐権守様の邸で働いておる吉次じゃ。見よ、これ、このとおり鎧甲冑を身に着けておらぬではないか……少しでも遠くへ逃げたいと馬に乗ったまでだ」
次々と言い訳を並べたてる。「太刀は、そこいらで死んでおった武者から、馬は主を失い、うろうろしておったやつを捕まえたのだ……お前も助かったのじゃな。おお、ひどい有様じゃった。まさに、この世の地獄よ。あれでは生き残っておる者はおるまい。わしも命からがら逃げ出したのじゃ」
幾千もの兵に取り囲まれたあの邸から、馬に乗って逃げ出したというのか。
できるとしたら襲撃前だ。
間諜でもなければ、それを知ることはできまい。
「助かったのは、わしらだけであろうか?」
窺うように見上げてきた。
姫を伴っているのではないかと、探っているのだ。
「問いに答えよ」
「勘違いじゃ。わしは、ただの下男じゃ。そのような者と縁はない」
吉次は、喉を鳴らし、必死に訴える。
「馬に乗れる下男など聞いたことがない」
「いや……それは、昔、商いをしておったで」
「荷を運ぶための大事な馬に乗る商人はおらぬ」
そうは言ったが、いないわけではない。
だが、武士の鞍と商人の鞍は形状も違い、乗り方も違う。
喉に巻きつけた腕に少しだけ力を入れた。
並みのおとなとは比較にならない怪力に、吉次は、むせ返った。
「わかった、わかった。正直に話そう。実は、わしは馬木の隆家様が郎党じゃ。宗我部が兵を挙げたときに一刻も早くつなぎをつけるため、下男として潜り込んでおったのだ」
あきれた言い訳だ。
しかも、問いもせぬのに、喋り出した。
「わしは、お前の面倒をみていたヨシの……」
吉次の首に手斧をあてた。
この男が、三郎の言っていた、ろくでもない男だと確信した。