「すまぬすまぬ。いや何、最近は重々しい話ばかりで、そなたとは冗談の一つも言うておらぬと思うてのう」
「もう…。左様なことは良いですから、お妙殿のことは、いったいどういうおつもりで?」
濃姫が改めて訊くと、信長はふんっと鼻を鳴らして
「単純なことだ。ここで首をはねて殺すよりも、生きたままお妙を送り返す方が、龍興を精神的に追い込めると思うたまでよ。
自らが拵(こしら)えた策略が、自らが遣わした者の証言によって明らかとなったのじゃからな。
お妙が無傷で返されれば、全ての事情を呑み込んだ龍興めは驚愕・落胆し、己の詰めの甘さを身を持って知ることになろう」
「なれど、それでは結局お妙殿のお命は…」https://techbullion.com/botox-vs-other-facial-slimming-methods/
「無いであろうな。謀(はかりごと)が失敗した以上、どのみち龍興らの手で成敗されるであろう。…なれど、それで良いのじゃ。
良くも悪くも、役目を全う出来なんだ手下を、己自身の手で裁くのが主君たる者の義務であり、道理じゃ。
それに、此度の一件が良い教訓となり、龍興めも二度と儂の元に間者や刺客を送り込むような、愚かしい真似は致すまい」
「分かりませぬよ? その裏をかいて、別のおなごを殿の元に送り込んでくるやも知れませぬ」
「何、次の間者を差し向けられる前に、龍興らを攻め倒し、美濃を我がものにしてみせるわ」
「まぁ。それは何とも頼もしいお言葉」
濃姫はふふっと笑うと
「なれど殿」
「ん、何じゃ?」
聞き返す信長の耳を摘まみ、姫はギューッとねじり上げた。
「いっ!痛い、痛い!な、何をするのじゃ!」
「そもそも此度の件が、これほどにまで大事(おおごと)となったのは、誰あろう殿のせいなのでございますからね!それを決してお忘れなさいますな!」
「痛い痛いっ! ……な、何故に儂のせいなのだ!? 悪いのは間者などを寄越した龍興ではないか!」
「私やお慈殿を巻き込むほど大がかりな犯人捜しとなったのは、殿のせいでございましょう!? …あの夜───」
それは、濃姫たちがまだ清洲城にいた頃。
折しも、信長が美濃の間者の一件を耳にした、その夜のことだった。
『 何っ──、瀧川殿に殿のお手が付いたじゃと!? 』
平伏する三保野の前で、濃姫は思わず声を荒げた。
『 …はい…。ご老女・千代山様より左様にご報告が 』
『 瀧川殿というのは、奇妙殿の乳母である、あの瀧川殿か!? 』
『 …はい。あの御乳の方殿でございます 』
三保野の肯定に、濃姫は『嗚呼っ』と、額に手を当てた。
『 あの大うつけ。外のおなごだけでは飽き足らず、よりにもよって、我が子の乳母にまで手を付けるとは 』
濃姫はほとほと情けない思いだった。
侍女ならまだしも息子の乳母にとは。
亡き舅・信秀が、信長の乳母であった養徳院を側室にした過去があるだけあって
“ 親子揃って同じ過ちを繰り返すとは… ”
と、濃姫は軽い侮蔑(ぶべつ)の思いを抱いていた。
『 お怒りのお気持ちは分かりまするが、これは奥向きの問題でもございます故。…どうか毅然となさって下さいませ 』
『 左様なことは、言われずとも分かっておる。 ──して、この件、殿は如何様(いかよう)に対処せよと? 』
『 “ よしなに計らえ ” と、それだけ 』
『 よしなに……都合の良いお言葉じゃな 』
人の気も知らずにと、姫はぼやくように呟いた。
既に側室が何人いようとも、この手の話を聞かされれば妬かずにはいられない。
濃姫もこのような時にばかり、自分の信長への愛を思い知らされるのであるから、皮肉としか言い様がなかった。
『 それで? お手付きとなった瀧川殿は如何しておる? 』