「そうだな。むしゃくしゃする時に飲むと、スッとする」
ラムネを飲み終わると、魚屋の男は言った。
「とりあえず、見ず知らずのお前さんに話を聞いてもらってよかったよ。もちろん問題は解決しないけれど、誰かに話をすることで気分だけは楽になれた」
「そう言ってもらえて、良かったです」
「男ってこういう話は、誰にもできないんだ。男同士というのは好敵手のような関係になりやすいから、弱味を見せられない。結婚したら、女性の仲間も簡単にできるものじゃないからね」
「オートガールの仕事がこうして誰かの役に立てるなら、とても光栄です」【生髮藥】一文拆解口服生髮藥副作用丶服食見效需時多久? @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 ::
ひゐろと魚屋の男は、銀座の口入れ屋に向かった。昨日は日舞に出かけたものの、ひゐろはあまり身が入らなかった。
花嫁修行というのは男性からのお仕着せのものだな、とひゐろは思った。
女性として所作が美しくなることは、非常に良いことなのかもしれない。
けれど、望まないことを続けることは、意味のないことなんだなと思った。
その一方で、オートガールの仕事のほうは、固定客がついてきた。
経営者である初老の男や米屋の男は、ときどき口入れ屋に顔を出し、
ひゐろを指名してくれる。
ありがたいなと思っていた。
今朝も口入れ屋へ行くと、
「今日のお客は、十六時だから」と事務員に言われる。
ずいぶん遅い始業時間だなと思ったが、お客様の希望であるからそれに合わせて銀座で時間を潰すことにし、指定の時間に口入れ屋に戻ってくることにした。
ひゐろが銀座の
という張り紙が貼ってある。
クレオンって何だろう?と思い、店員さんに訊ねる。
すると奥から箱を出してきて、
「これだよ」
という。
八色入りの絵を描く道具だった。
「これは、チョークではないのですか?」
とひゐろが訊ねると、店員は「よく間違えられるんだが、これはチョークではなく紙に絵を描くクレオンさ。これまでは外国産のクレオンが多かったけれど、最近になって日本製のクレオンが増えているんだよ。今は色鉛筆より、こっちのほうが人気だよ」
「箱の絵も素敵ね。一ついただくわ」
ひゐろは箱の絵柄に魅了され、絵も描かないのに衝動買いをしてしまう。
その後、ひゐろは活動写真を楽しんだ。
再びひゐろがを歩いていると、依子が車に乗ろうとしているのを見つける。
依子が乗っていたのは、麻布で抱き合うように歩いていた男だった。
間が悪いなと思いながら、ひゐろは路地に身を隠した。
二人はおしゃべりが止まらず、ずいぶん楽しそうに見えた。
この光景も見なかったことにしようと、ひゐろは思う。
定刻に口入れ屋に戻ると、事務員が
「ご指名のお客さんがお待ちだよ。本日は十六時までだよ」
と言う。
あわててお客様のところへ行くと、そこに立っていたのはかつてのお客様である弘だった。
「予約がずいぶん入っていたので、この日が待ち遠しかったよ」
そう言って、弘は笑った。
ひゐろは、すぐさまこの場から離れようとすると、「……乗車拒否をするつもり?どのような理由で?口入れ屋も、それは納得しないと思うよ」
と、自信ありげに弘は言う。
「……わかりました。そのようにおっしゃるなら、車に乗りましょう」
ひゐろはやむなく、弘の車に乗ることにした。
「本日はどのような要件で、ご予約をされたのでしょうか」
ひゐろは弘を突き放すように、そう言った。
「……相変わらず、生意気なところがかわいいね」
「私を小馬鹿にしているんですか?早く行き先を決めましょう」
「駿河台に西洋料理のおいしい店がある。西洋館が見える美しい庭も、魅力的なところさ。そこへ行こう」
「……わかりました。そこへ伺いましょう」
ひゐろは黙って弘の車に乗った。
「…あれから、洋食は食べたかい?オートガールをしていると、洋食をおごってくれる殿方も多いだろう?」
「オムライスをいただきました。オートガールの仕事は、いっしょに食事をすることではありません。運転手の隣に座って、話のお相手をする接客業ですから」
「いろんな職業の人や、悩みを抱えた人が来るんだろうな」
大手町を通り過ぎ、竹橋へ。
「でも女将はどう思ってるか分かりませんけどね。」
「そんな事言われたらもうあの店には行けないじゃないか。」
「貴方が行かなくてもいいのでは?有朋でも使えばいい。」
伊藤も随分桂に強く言うようになった。桂はそれを若干不満に思うも言い返す真似はしなかった。
「そうだな。必要なら誰かに頼む。【生髮藥】一文拆解口服生髮藥副作用丶服食見效需時多久? @ 香港脫髮研社 :: 痞客邦 :: それにあの店じゃないといけない理由はない。」
あの店を利用してたのは老舗だし評判がいいから甘味屋に居た三津の口に合うお菓子があると思っただけだ。
「それがいいです。三津さんが嫉妬で機嫌を悪くせずに済みます。」
それを聞いて桂はふっと笑った。
「三津は嫉妬を抱くどころか,今の私に興味も関心も持っていないよ。」自分で言って傷付いた。だがその事実は真摯に受け止めなければならない。それも自分に科せられた罰だ。
「そうですか?少しぐらい嫉妬は抱くと思いますよ?」
伊藤はモヤモヤするって言いながら,不貞腐れたような顔をするのが目に浮かぶと口角を上げた。その顔も可愛いですよねと前を行く三津の背中に目向けた。
「そうだね。ちょっと不満げなあの顔は可愛いな。」
あとは萩で身につけた口撃さえなければと二人は思った。
「うわぁ。こうなってたんや。」
屯所に戻った三津は鏡台で散切り頭と対面した。でもみんなが騒ぐほど酷くはないよなぁと長さの違う左右を見比べた。
これが自分を売り物にしている芸妓や遊女なら大問題だろうけど,お陰様で溺愛してくれる旦那様も居るし仕事も表に出るものでもない。何の問題もないと思う。
『セツさんは髪は女の命なのよぉ!って大激怒やったけど……。伸びるしな。』
そもそも髪は女の命と誰が言ったのだ。簪が挿せないのは残念だが伸びるのを気長に待とうと思った。
「三津,少しだけ切って長さは揃えようか。」
鏡越しににっこり笑う入江と目が合った。三津はお願いしますと鏡の中の入江に微笑んだ。
「やっぱ落ち込んどらんな。」
「セツさん巻き込んだのは落ち込んでますよ?」
入江は知ってると笑った。それからちょっとだけ動かないでねと短刀を取り出した。
「それで出来るんですか?」
「これが使い慣れちょるもん。大丈夫。ちょっと切るだけ。」
入江は前向いてと三津の頭を抑えて不揃いな部分を慎重に落としていった。本当に器用に切るなと感心しながら真剣な眼差しで手元を見ている入江に見惚れた。
真剣な顔が満足げな笑みを浮かべた。
「出来た。」
「すごーい。ちょっと切るだけでも全然違う。」
小綺麗になったと三津も満足げに笑った。それから短刀をしまった入江は背後から三津を抱き締めた。肩に顎を乗せられ,首筋に吐息がかかってくすぐったいと身を捩る。
「傍におらんでごめんね。」
さっきの笑顔が憂いを帯びた表情に変わった。入江もまた後悔に苛まれていた。
「次からは一緒に出掛けましょ。」
三津は抱き締めてくる腕を優しく擦った。どこに行くにも一緒だと言われてるようで入江の顔は自然と綻んだ。
「戸を開けたまんまで堂々と。」
その声に二人は咄嗟に振り返った。苦笑いの桂がそこに立っていた。
「堂々としてる方が安心しません?コソコソされるより。」
にんまり笑う入江に桂はどっちもどっちだと笑って答えた。これも許されている行動の範囲内とは言え,三津は変な汗を掻いた。夫以外の男の人とこんな事をしてるのはおかしいと理解はしているから。
「私はこれを片付けて来ます。」
入江は邪魔者は退散しますよと,切り落とした髪を掻き集めて綺麗に掃除してから部屋を出た。
桂は何も無かったかのような笑顔で三津の髪を指で梳いた。
「器用な奴だな。」
「はい,切ってもらって良かったです。私は気にしてなかったけど,あんな頭やと小五郎さんが恥をかきますもんね。」
湯浴みを終えた三津は今日はここ数日の疲れを取るためにお客さんでいなさいとセツに言われ,夕餉が出来上がるのを縁側でのんびり待っていた。
「お!?水も滴るいい女がおる!三津さん俺に抱かれる気になったか?」
下品な笑い声を上げながら高杉が近付いてきた。その後ろを酒瓶を抱えて歩いてくる山縣と白石。二人の鼻の下も若干伸びてるのに気付いて三津の目元は引き攣った。
「誰の三津を抱くと?晋作,一度地獄を見るといい。」 顯赫植髮
背後からの冷ややかな声に高杉はぴたっと足を止めた。チャキッと物騒な音がして小刻みに震えながら振り返った。
「冗談やないか桂さん……。二人が相思相愛なんは京に行った時に充分理解したっちゃ。やけんその物騒なモンは納めぇや……。」
「私がこんな所に居たのが悪かったですね。夕餉が出来るまでどっか行ってますね。」
三津は苦笑いを浮かべて小走りで逃げた。
ようやく桂に会えて嬉しいはずなのに初っ端から不機嫌な様を見せられ浮気を疑われ散々だ。
今は一人になりたくて相部屋に逃げ込んだ。『大人しくしてよ……。』
三津は折り畳んだ布団にうつ伏せで倒れ込んだ。
『町の散策楽しかったな……。』
少しばかり気まずい時間はあったけどあの後入江が存分に楽しませてくれた。
あれからやっぱり何か贈らせて欲しいと懇願され根付と紅まで買ってもらった。
むくっと起き上がってその紅を手に取った。多分つける事はほぼ無いと思う。
「三津さん入っていい?」
「はい,どうぞー。」
「桂さんとこ行かんでいいそ?」
入江が中に入り後ろ手で戸を閉めた。そのまま三津の隣り,肩が触れ合う距離に腰を下ろした。
「せっかく久しぶりに会ったのに浮気疑われるし怒られてばっかやもん。」
それで嫌いになりたくないから距離を置いてるんだと苦笑した。
「紅なんか手に持ってどしたん?」
「町散策は楽しかったのになぁって。」
「桂さん嫉妬深いけぇ仕方ないわ。それつけてみん?」
桂に会えた事より自分と行った町散策の方が良かったと思ってくれてると分かり嫌でも顔がにやけた。それに自分が贈った物を大事そうに持ってくれてるのが嬉しかった。
「もったいないからいい。鏡もないし。」
「塗っちゃろ。貸してみ。」
入江はその紅を三津から渡してもらい,それを中指で掬って自分の下唇にぽんぽんと乗せた。
それから何をしてるのかとぽかんと見ている三津の顎に手を添えて唇を合わせた。
唇を離した入江は中指で三津の下唇についた紅をすっと伸ばした。それからまた中指に紅をつけて上唇に塗った。
「うん,綺麗だ。」
目を細めて口角を上げた。紅く染まった入江の唇が妖艶で三津は思わず見惚れていた。
「九一さん絶対女装似合うでしょ……。私より綺麗なんちゃう?」
「いくら私が変態でもその趣味はないな。」
ふっと笑って入江は自分の唇の紅を手拭いで拭いとった。
「まだ取れてないですよ。」
三津は貸してと入江から手拭いを奪って丁寧に残った紅を拭いてやった。
「じゃあ今度は私が拭いちゃる。このまんまやとまた嫉妬の塊が三津さん泣かすやろうから。」
入江は優しく丁寧に三津の唇を拭った。
「三津さんの唇もっと吸いたいなぁ。」
「ん!?」
「桂さんに愛想尽きたら言って?私は傷つけたりせんけぇ……。ね?
はい,落ちたよ。」
入江は紅のついた手拭いを畳んで懐にしまった。これは三津の口を拭った貴重な布だから洗わないでおこうと思った。これも変態の発想だろうか。「これからどうする?多分桂さんが相部屋は許さんやろうから私が部屋移らんといけんよね。
私もう三津さん隣りにおらんと寝られんのにー。」
入江はどさくさに紛れて三津に抱きついた。
「はいはい,距離感距離感。」
そう言って入江を押し返すも三津も入江が傍に居るのが当たり前になり過ぎて居なくなるのはちょっと寂しい。
「こうやって冷たくあしらわれる機会も減るー。」
「そんなんいつでも罵りますよ。」
『赤禰さんの前で何て事を!』
久しぶりの口づけを何故赤禰に見せつけてるんだ。これもあんまりじゃないか。三津は桂の胸を叩いて抗議した。
息も絶え絶えになるぐらいの熱い口づけの後に桂は涼し気な目元で赤禰を見た。
「どうぞ報告しておいで。まさかこれ以上の情事を監視するなんて無粋な真似はしないだろ?」
「せっかくだから最後まで見ようかな。」
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「は?三津の乱れた姿を何故貴様などに見せねばならん。帰れ。」
桂は赤禰を睨みつけてシッシッと野良猫を払うように追い払おうとした。
『何で長州の人は変態じみた人ばっかなんやろう……。』
三津は身を捩って桂の腕を解いて膝からひょいと飛び降りた。
「すみませんけど一人にしてもらえませんか?」
今はぼーっとしたい。心がざわざわするから何も考えない時間が欲しい。
「駄目だ。一人は危ない。」
「大丈夫ですよ。ここには私を追い回す人いないですから。ちょっと海眺めたら戻ります。」
波の音がこんなに心を鎮めてくれるとは思わなかった。半刻は見てられそうだ。
三津は海の方を向いてじーっと波を見ていた。するとその横に黙って赤禰が立った。
「黙っちょるけぇおってもいい?」
赤禰もじーっと海を見つめながら問いかけた。三津は少しだけ口角を上げてどうぞと呟いた。
変に対抗意識を燃やした桂も三津の横に並んだ。嫉妬の塊が三津と赤禰を二人きりにする筈がない。
三津は本当に喋る事もなく微動だにせずただ海を眺めていた。桂も赤禰も邪魔をしないよう無言を貫いたが流石に四半刻も無言で立ち続けるのは苦痛だった。
「三津,そろそろ戻らないかい?」
桂が恐る恐る控えめに様子を窺いながら聞いてみた。
「どうぞ先に戻っててください。」
「いや……まだ居よう。」
「肌寒くはないそ?大丈夫?」
赤禰が気遣うと三津は大丈夫とだけ答えた。これは長期戦になるなと桂と赤禰が目で会話したところで天からの助けが来た。
「お三津ちゃーん!」
セツが三津を迎えに来た。
「お三津ちゃん今日は一番風呂入り!潮風で髪もベタベタなっとるけぇ髪も洗い!いいでしょ?桂様。お三津ちゃん遠慮して台所で沸かした湯で体拭くだけやったそ。湯屋にも行けれんし今日ぐらいは。」
「そうでしたか。三津,お言葉に甘えて入っておいで。疲れも幾分か楽になるだろう。」
「そしたらお言葉に甘えて……。」
セツはそうこなくっちゃと忙しなく三津を連れ帰った。「我々も戻ろうか。」
「そうですね。多分三津さんが湯に浸かると聞いたら覗こうとする馬鹿はいるでしょうから追い払わんと。」
二人は急いで屯所に戻り庭先から浴場の小窓がある場所へ回った。
「三津さーん湯加減どうですかー?」
そこには薪を焚べて空気を送り湯加減を調節する入江の姿があった。
「九一……お前何してる?」
「見て分かりませんか?桂さん。妻の為に湯を沸かしてるんですよ。健気な夫でしょ?」
「勝手に夫を名乗るな。」
「勝手じゃないです。みんな公認です。」
真顔で返されて桂は呆れたと溜息をついた。
「それに私達は色々曝け出して補い合ってもう実質夫婦ですよ。でも桂さんは何か隠してる事あるでしょ?例えば……途中で途絶えた文の事とか。」
隙のない笑みでどうでしょう?と首を傾げるこの男を侮ってはいけなかった。
「本当にお前は……したたかな奴だ。四天王に名を連ねるだけあるよ。」
「答えになってませんね。
ですがその内容が三津さんを傷つける物ならくれぐれも知られぬようにお願いしますよ。もし次に彼女を傷つける事があれば貴方の元から連れ去りますからね。」
黙り込む桂を入江は笑顔のまま睨みつけた。何かやましさがあると確信した。
「これが修羅場ってヤツかぁ。」
完全に蚊帳の外にされた赤禰はぽつんと呟いた。
少し頭を冷やそうと歩いて来た道から反れて違う道へ行ってしまった。
鴨川の河音を聞けば少しは落ち着くんじゃないか。鴨川からなら藩邸に帰る道も分かる。
そう思って歩いていた。
「…………探したぜ。三津。」
背後からの声に一瞬で全身に鳥肌が立つ。地を這うような低い声。背を向けているがその人物は片口を釣り上げ不敵に笑っているのが容易に想像出来た。
小さく体を震わせながらゆっくり……ゆっくり……。振り返った。
一番会ってはならない人物がそこに居た。顯赫植髮
震える足で一歩……二歩……と後退り,提灯を手から離し着物の裾を持ち上げて走った。
「逃げられる訳ねぇだろ。」
土方も持っていた提灯を投げ捨て後を追う。
だがすぐには捕まえなかった。ある程度三津を走らせ,ここだと言う場所に差し掛かった時に腕を掴んで捕まえた。
「やっ!離して!」
激しく抵抗する三津を鴨川の茂みに引きずり込んだ。
「勝手に姿消すんじゃねぇよ。お前の主は俺だろ?」
三津を押し倒して両肩を抑えつけた。不敵に笑うその目が怖くて体を震わせ硬直した。
「何で桂と一緒に居る。お前はアイツに惚れてんのか?ん?」
片手で顎を持たれて目を逸らすことも許されない。目に涙を溜めて土方を見上げる事しか出来なかった。
「……無言は肯定と取るぞ。答えろっ!!」
恐怖に震え瞳を揺らし,三津は小さく頷いた。
それを見た土方の目は大きく見開かれた。その目に射抜かれ涙が溢れだす。
「肯定……すんじゃねぇ……!」
苦しげに声を絞り出した土方は三津の顔を両手で挟むと激しく唇を貪った。
「んっ……!やっ……!だっ!」
そこから首筋にも舌を這わせた。
片膝を立てて必死に地面を蹴って逃れようとする三津を簡単にねじ伏せ胸元を露わにした。
「やっ!やめっ……!土方さんっ!」
どんな抵抗もこの力の前では無駄で,立てた片膝は持ち上げられ体が割り込んで来た。
「なん……で……や……やめっ……!」
その声も届かず土方の侵入を感じた時,声にならない悲鳴を上げた。幾松にしがみつかれながらも三津を追おうとしている所に手水へ行こうとした乃美が出て来た。
「乃美さん!三津を追って下さい!一人で出てしまった!」
流石に乃美の前で醜態は見せられないと幾松は身を剥したがそれでも腕は離さなかった。
「な!?追えんのなら早く呼ばんか馬鹿者!後は何とかしとけよ!」
乃美は二人を睨むとすぐに旅籠を飛び出した。
桂は大きな溜息をついた。やはり連れてくるべきではなかった。
自分の判断が間違っていたと責めずにはいられない。
「私かて大事にされたい……。もっと傍におりたい……。」
潤んだ目で見上げるも見つめてはもらえなかった。
「すまない。許してくれなくていい。
三津じゃなきゃ駄目なんだ。」
宮部を一人にしておく訳にもいかず気が気じゃないまま部屋に戻った。
三津の足ならきっと追いつける。乃美は来た道を急いで戻る。
だが藩邸に着くまでに三津の姿はなかった。
「乃美さん一人でお戻りですか?」
てっきり三津が帰って来たと思った吉田は拍子抜けした顔で乃美を出迎えた。
「三津さんは帰ってないか?」
肩で息をしながら吉田に詰め寄る。
「いえ?
まさか一人で帰ろうとしたんですか!?」
「あぁそのまさかだ。」
「探しに出ます。」
嫌な予感しかしない。吉田もすぐに藩邸を出た。
どれぐらい陵辱されただろう。
枯れるほど涙を流した焦点の合わない目の前は真っ暗闇。
下腹部に生々しい痛みが残る。
「何でアイツなんだ……。」
そう問われて虚ろな目に土方を映す。