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緋沙はホッとしたように微笑んだ。

緋沙はホッとしたように微笑んだ。

 

「…」

 

牙蔵は一礼すると、期指結算 また音もなく出て行ったのだった。

 

 

 

 

詩は茶を淹れ、信継がくれた干し柿をゆっくりかじっていた。

 

白い粉をふいて、ほんのり甘くて、とても美味しい。

信継の笑顔が浮かぶ。

 

「ふふ」

 

ーーそういえば、あれから牙蔵さんを見てないな…

 

詩は何となく寂しく思った。

 

ーー任務が…大変なのかな…

 

あの夜。

血まみれの牙蔵を見た記憶が蘇る。

 

ゾクッと背筋が震えた。

 

ぶんぶんと首を振る。

 

ーー牙蔵さんは…優しい人だ。

すぐ…また会えるよね…

 

 

 

牙蔵は詩の”離れ”の近くで伊場と会う。

 

「近く、あれを城から連れ出す。

 

それまではお前に頼む」

 

「はっ」

 

「…」

 

空から舞うように粉雪が降り出す。

 

牙蔵は昏い視線を詩のいる”離れ”に向けた。

 

”離れ”からはまだ明かりが漏れている。

 

「…」

 

伊場はそんな牙蔵の顔から目を逸らせずにいた。

 

「何?」

 

「はっ…いえ」

 

伊場は珍しくイライラしたような牙蔵の声に目を伏せた。

 

空からは次々に粉雪が舞い下りて、地面を白く染めていく。

 

牙蔵はまた雪の中、姿を消したのだった。「はあ…」

 

詩は、冷たくかじかむ手に息を拭きかける。

 

あれから数日。

朝に晩にーー信継は優しく声を掛けに来てくれる。

忙しいようで、ゆっくり話す時間はない。

きっと護衛をしてくれている、牙蔵のことはあれから一度も見ていなかった。

 

いつの間にか年の瀬もすぐそこまでせまり、正月の準備でここのところ城中がなんだか賑やかで慌ただしい。

 

毎日女中や家臣たちが大掃除に精を出している。

城中が、正月準備に余念がない。

 

詩も自分の”離れ”を掃除していた。

 

”離れ”は、もともと手入れされていて、汚れもなくきれいなのだが、年の瀬となると三鷹を思い出して詩もソワソワしてしまうのだ。

 

障子を張り替えたり、すすを払ったりーー

幼い頃から三鷹で見て来たことを懐かしく思い出す。

来たる新年がいい年になるよう、願いを込めて…全員で協力して…

どの顔も、笑顔で…

 

雑巾を硬く絞り、隅々まで拭き上げていく。

さっぱりとして気持ちよく、詩は微笑む。

 

「桜、こんにちは」

 

その時聞こえた、控えめな声ーー詩が振り返る。

仁丸が、”離れ”の入り口に立っていた。

 

「仁丸様…こんにちは」

 

詩は手を止め、雑巾を置くと仁丸にお辞儀した。

 

2人きりで会うのは、あの日以来だ。

 

詩はどこか緊張して、手をキュッと握る。

 

仁丸はふ、と困ったように微笑んだ。

 

「今、大丈夫ですか?

…少し、話せますか」

 

「…はい、大丈夫です」

 

詩が襖を開けると、仁丸が言う。

 

「少々寒いですが、外を歩きましょう」

 

「…はい」

 

 

羽織を着て、2人で中庭に出る。

少し先を歩いて行く仁丸の後をついていく。

 

詩はその背中を見上げた。

 

少し、仁丸の背が伸びた気がした。

 

雪が降ったり止んだりが続いたこの数日。

積もった雪はかいてあって、道は歩きやすくなっている。

 

仁丸が立ち止まり、詩も立ち止まった。

 

「…桜」

 

仁丸が振り返る。

詩は思わずビクッとしてしまう。

仁丸が困ったように微笑んだ。

 

「…ずっと謝りたかったんです。

 

あの時は本当に…申し訳ありませんでした」

 

「…っ」

 

「自分の中にあんなーー

 

獣のような心があった」

 

「…」

 

「僕はまだ…女子というものを知らない」

 

「…」

 

「とはいえ、桜を傷つけて、本当に申し訳ありませんでした」

 

「…」

 

詩は、胸が詰まって、何も言えなかった。

仁丸はふと空を見上げた。

 

「ああ。やっと言えました」

 

それからふわっと詩を見下ろして、微笑む。

 

「…僕は桜が好きです。

 

それはこれからも変わることはない」

 

「…」

 

仁丸は優しい目で詩を見つめた。

 

「でも、桜

 

あなたは自由です。

 

この意味がわかりますか」

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