とモルフィネスがハンベエの案を後押しした。こうして王女軍は二つに分けられた。東へ向かう兵は元々の王女軍の内二万五千を割き、それにレンホーセンの騎馬傭兵部隊とヒューゴの特別遊撃隊を加えて進む事となった。残りは全てモルフィネス、ドルバス、ヘルデンの下ゲッソリナに帰還する事になる。『御前会議』の後、エレナがハンベエを呼び止めた。「ハンベエさん、礼を申します。兄を斬らないでいてくれて。」 二人切りなのを確認してエレナが言った。「別に礼を言ってもらう事じゃない。諸々の事情でそうなっただけだ。戦の流れからも、太子が逃げれば太子の軍はそれに付いて逃げてくれるからな。ボルマンスクに向けて追って行くが、それも付かず離れずの方針だ。下手に急追して窮鼠猫を噛むの反撃をされても面白く無いしな。」元々ゴルゾーラを斬る気は無い、と何故かエレナに言わないハンベエであった。 翌朝からハンベエの提案に従い、軍編成が行われた。正午まで掛けて編成し終えると、その日は兵士に休養を取らせた。軍医イザベラは昨日の合戦終了後からずっと負傷兵の治療看護の陣頭指揮を取っており、夕刻にようやく休息に入った。深夜、イザベラがハンベエの下を訪ねていた。ハンベエはロキと共にいた。「ハンベエ、太子軍の追討は明日出発だったね。」「ああ。」「アタシは先行して太子軍を追うよ。」「・・・・・・何で又。クービルは居るし、ボーンは居るし、危険なのは知っての事のはずだ。」「ナーザレフって奴を見張って置きたいのさ。」「ナーザレフを?」「実はどうしても気になって、エレナに背中の痣を見せてもらったんだ。」「それで。」「痣じゃなかったんだよ。何かの薬品を使って作られたものだったんだよ。まあ、刺青の一種だね。どうも、ナーザレフって奴が関係している気がするんだ。」「王女には話したのか。」「痣じゃなくて、誰かに付けられた刺青だとは教えたよ。吃驚していた。「そうか。何だったっけ、『汚れの乙女』の伝承だったか。嘘臭いと思ってたが。」「エレナの為に、ハッキリさせてやりたいんだ。」「気を付けてくれよ。ボーンは話せる奴だが、クービルはいきなり斬りに来るかも知れんからな。」「分かってるよ。」とイザベラは答えたが、ハンベエはつい最近『声』と無謀とも思える命のやり取りをしたのを直に聞いているので安心もならない。と言って、引き留める事も出来なかった。ある意味、ハンベエよりも恐ろしい力を持っているニョショウなのだ。イザベラは話し終えると、そのまま姿を消した。 翌日、つまりクロノ原で太子軍を破ってから二日目、エレナの下に分けられたボルマンスク方面軍は東に向けて、モルフィネス、ドルバス率いるゲッソリナ方面軍は西へ、それぞれ出立した。一方敗退した太子軍はその頃、ベッツギ川の渡河を終えていた。万一の事態を想定したボーンが、配下一千五百人を指揮して仮橋を設置していたのだ。仮橋は太子軍の渡河と同時に破却された。クロノ原からの後退中にも兵士の離反が続き、太子軍の総勢は一万五千人にまで減っていた。渡河を終え一旦兵士達に休息を取らせると同時に、ゴルゾーラは師団長とボーンを集め、会議を行った。ナーザレフもゴルゾーラの側に控えていた。「余の不明により、多大なる将士を失った事。詫びても戻る事では無いが、申し訳なかった。 ゴルゾーラは一同を前に頭を下げた。「殿下、勿体のうございます。我等の方こそ不甲斐なき有様、殿下の旗に泥を塗った事を命を以て償いたい思いで御座います。」