「お花、買って来ますね」
楽が和室から顔を覗かせ、言った。
「お祖母様とお母様が好きだったお菓子とか果物、わかりますか?」
「……敬語、やだ」
二人のことを思い出すと、今も苛立つ。
『悠久には、父親のことを知る権利があるんだから』
亡くなる直前、ばあちゃんは母さんに言った。
『いつまでも、悠久をこの家に閉じ込めていてはいけないよ』
俺がこの家を出て行く羽目になった元凶は、ばあちゃんだ。
ばあちゃんがあんなことを言わなければ、母さんが俺を父親に渡したりしなかったはずだ。
「悠久さん?」证券公司
楽が、ソファの、俺の足元に跪く。
「お仏壇に上げるお菓子は何がいい……?」
楽の穏やかな表情を見たら、脳裏にばあちゃんと母さんの姿が浮かんだ。
いつも俺が学校から帰ると、二人でドラマの再放送を見ながらお茶を飲んでいた。
「ばあちゃんはかりんとうが好きだった」
歯を悪くして硬いかりんとうを噛み砕けなくなったばあちゃんは、いつもかりんとうを咥えて舐めていた。
「お母様は?」
「……バタークッキー」
俺はよく「二人していっつも同じもんばっか食って」と呆れていた。
「悠久さんの好きなお菓子は?」
「……芋けんぴ」
笑われるの覚悟で、言った。
もっとも、好きでよく食べていたのはばあちゃんが生きていた頃までで、もう十年くらい食べていない。
「買って来るね」
楽は笑わなかった。
萌花なら絶対、笑う。「なにそれ?」とか言って、鼻で笑う。
楽は立ち上がり、エプロンを外した。
「今日のご飯は何がいいですか?」
ちょうど俺の目線でエプロンを丸める彼女の手を、握った。ギュッとはいかなかったが、今の俺の精一杯の力で、握った。
「……楽は何が好き?」
「私……は……」
彼女の手を、見ていた。
見上げる勇気は、ない。
「胡桃ゆべしが好きです」
俺の方が笑ってしまった。
「俺ら、渋過ぎじゃね?」
「本当ですね」と、楽も笑った。
「全部、買って来てくんない?」
「え?」
「かりんとうとバタークッキーと、芋けんぴと胡桃ゆべし。一緒に、食べよう」
「……はい」
今日は、寂しくなかった。
楽が買い物に行っている間、足を引きずって和室に行き、綺麗に磨かれた仏壇の前に座った。左足を折り、右足を仏壇に向けて投げ出す格好で。ばあちゃんが見たら怒るだろうけど、仕方がない。
「ただいま」
仏壇に飾られた二人の写真を眺めながら、随分と遅い帰宅の挨拶をする。
二人の遺影は、ばあちゃんが死ぬ一年くらい前に撮ったもので、俺の大学入学の時のもの。
二人がどうしてもと言って、お洒落をして俺が入学式から帰るのを待っていた。ダイニングテーブルにデジカメを置いて、タイマーで撮った三人の写真。
カットされているが、二人の間には俺が写っていた。
ゴソゴソと段ボールを漁り、元の写真を探す。アルバムと段ボールに挟まれて、それはあった。 母さんの遺影に使った後、段ボールに放り投げたその写真中の俺は、ばあちゃんと母さんの間で、照れ臭そうに笑っている。
「どうして俺を手放したんだよ……」
わかっていて、聞いた。
わかっているから、聞いた。
答えてくれたら、「それは違う」と言えるのに……。
カラカラカラと玄関ドアが開く音と、ガサガサッとプラスチックやナイロンの擦れる音。
俺は慌てて、目を擦った。
涙は出ていない。ただ、そんな気がしただけだ。
「帰りました」
「おかえり」
いつものように、冷蔵庫に買ったものを入れて行く。
今日は、昼飯と晩飯をリクエストしなかった。何を作ってくれるのだろう、と楽しみになった。
食材を冷蔵庫に入れ終わると、楽が買って来たかりんとうとバタークッキー、花を仏壇に置いて、俺の隣に座った。
「ずっと座っていたんですか?」
「え?」
「足、辛くないですか?」
正直、曲げている左足が痺れて、動くに動けなくなっていた。痺れをほぐそうと左手で擦っていたからか、楽はすぐに気が付いてくれた。
「足、伸ばしましょう」
段ボールの下敷きになっていた木製の座椅子を引っ張り出し、座るように言った。旅館なんかにある、低い背もたれのついたものだ。
とは言っても自分では動けないから、俺が尻を浮かせた隙間に、楽が座椅子を差し込んでくれた。
「足、動かしますね」
楽が俺の左太ももを持ち上げ、ゆっくりと膝を立て、伸ばして下ろした。
「ありがとう」
「いえ」