桜司郎の背中を見送ると、沖田は顔を伏せる。松本の訪問は組長である沖田ですら聞かされていなかった事だ。"副長に頼む"ということは、訪問を知らなければそもそも頼めない。
何らかの理由はあったのだろうが、月經量多 何故嘘を吐いたのだろうと沖田は寂しそうに、桜司郎が去った後の廊下を見詰めた。 沖田のそのような思いも知らず、桜司郎は土方の言い付けに従って松本の手伝いに励んでいた。もう一人、監察方から山崎丞が寄越される。彼は針医者の息子であり、医術の心得は多少はあった。その為、新撰組の救護班の役割も担っているのだ。
南部の持つ木箱からは、聴胸器という木の筒が取り出される。読んで字のごとく、心音や呼吸音を聴取する為のものである。
初めて見るそれに桜司郎は興味津々といった風に見つめていた。
「何だ、気になるかい? そんな目ェ丸っこくして」
松本はからからと笑い、桜司郎の肩を叩く。生粋の江戸っ子である松本はさっぱりとした性格をしていた。ついこの間まで江戸に居た桜司郎は親しみを覚える。
「全員の診察が終わったら、ちゃあんとあんたも診察してやっからよ」
その言葉に桜司郎は顔を引き攣らせた。診察の様子を目の前で見ているが、着物を脱いで褌一枚になければならない。つまり、性別がバレてしまうのだ。
「い、いえ……私はその、大丈夫です」
「何言ってんだい。私は全員やると近藤さんに約束したんだよ。……ああ、あんたは健康そのものだな。次ッ」
手際良く隊士達の脈を取り、聴胸器で心音と呼吸音を聴取し、肉眼で皮膚病が無いか確認する。この作業を延々と真剣に繰り返していた。そして少しでも異変のある隊士がいれば、山崎と桜司郎にもそれを診させる。
医者の真似事は出来ずとも、このような症状があれば医者に診せろという判断が出来るようになるとのことだ。
山崎は松本に言われたことを一言一句漏らすことなく、紙に筆を滑らせる。幕府の御典医から指導を受ける機会など、普通は無い。山崎の横顔は楽しげにも見えた。
「あんた、沖田先生の秘蔵っ子やろ?何で此処におるんや?」
山崎は紙から視線を逸らすことなく、桜司郎へ話し掛ける。監察方は普段から裏方に撤し人前に出ることが少ないため、関わりが一切無かった。
「副長に言われて……。その、私も医術に少しだけ興味があると言いますか……」
何とか誤魔化そうと桜司郎がそう言えば、山崎は初めて顔を上げて目線を合わせる。その表情はどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「そうか。医術の心得が増えるんは喜ばしいからのう。一番組なんて、特に精鋭の集まりや。怪我をする頻度も高いやろうし、よう学びなはれ」
山崎の言葉に、桜司郎は妙に納得する。確かに知らないより知っている方が良いに決まっているし、有事の際に役に立てるかもしれない。
何よりも、今は知識を詰め込むのが楽しかった。ポカンと空いた頭に記憶を入れることで、嫌なことや不安なことから逃げられるような気がした。
南部の補助についている桜司郎は筆を握り直すと、真剣な眼差しで診療の様子を見る。そして診断内容を紙に書き連ねていった。