対岸に上陸すると河沿いを離れて南に膨れると、南東側から汝南軍へと突入した。真横からではなく、斜め後ろからなので気づく兵士の数が減る、それ即ち即死と大差はない。完全に陽が落ちても戦闘は継続される。篝火が立てられ、油に火がつけられてあたりを照らし続ける。
夜通し戦いは行われ、朝日が東の果てに見えた頃、大鮮卑の更に北側に『大司馬』『曹』の軍勢が多数現れた。姿を認めると魏軍は大いに士気を高揚させて、一気に反撃に出る。そして、味方が驚く。何と素利が魏軍への攻撃をやめ、河を渡ると李項の騎兵団を狙ってきたのだ。
「田将軍よ、かつての誘いを今受ける! 素利族は魏へ味方するぞ!」
なんだと、あいつ! 今ここで話し合いをしていたようではないが、寝返りは事実だ。多勢に追われてはかなわん。
「陸司馬、李項に撤退の銅鑼を鳴らして引き揚げさせるんだ」
「承知。銅鑼を鳴らせ! 渡河を援護するんだ!」
またもや大劣勢に陥る、疲労がたまって来て顔色が悪い兵士が散見される。防御の輪を小さくし、交代で休めるようにローテーションを組ませる。だが指揮官が休んでいる暇はないぞ。
朝の十時も過ぎただろうか、混乱は更に激しさを増した。見たことがない鷲の羽のようなものが描かれた旗を多数翻して、二万の騎馬が城の西にある沙河の側に現れ半数が曹真の軍に、半数が汝南軍と素利軍に襲い掛かる。いや、遠くに居るのは赫雷だな。だが南の奴らはなんだ?
「のこのこと戦場に出て来なければこうも苦労せんものを、まったくお人よしは変わらんようだな。代烏丸が単于骨進が来たぞ!」
骨進ったらあいつか! 赫雷のところに居た妙な奴だったが、別部族の若頭だったわけか? 何の利も無いのによくもまあこんなところまできたもんだ。やれやれと小さくため息をつく、だが裏事情は別にあったようだ。「骨進め、このようなところで会ったが運のつき、この素利がそっ首を切り落としてくれるわ!」
「なめるな素利。魏に利用されるだけの無能が、成敗してくれる!」
汝南軍そっちのけで正面から双方がぶつかりあう。なんだありゃ、どこかで因縁でもあったわけか。どういうことなのかと参謀らをみると馬謖が応じた。
「かつて田予が北方で異民族と対していた際に、素利を懐柔し、骨進をだまし討ちにかけたことが御座います。その際、赫雷により助けられた経緯が」
ああ、なるほど、そういうことか。そのあたりがあってこうもカオスになっているわけか、そうかそうか。問題はそれでもこちらが有利なわけではないことだな。側近が城の上を指さしているので見る、すると西の方角を指さして叫んでいた。
馬上から遠くを見ると、赤い伝令騎兵が立ち往生をしているではないか。ここに居ない親衛隊といえば李信のところのやつだな、何か重要な報告を携えているに違いない。
「長平の水上兵に迎えに行くように要請を出せ」
それはすんなりと受け入れられ、河を走るような素早さで沙河にまで行くと、兵士だけを乗せてすいすいとこちらへ戻って来た。傷だらけの親衛兵は俺の目の前で片膝をついて報告する。
「申し上げます、呉が寝返り魏へ攻撃を仕掛けております。長江を渡り合肥城へ兵を進め、永安へ向かっていた水陸軍は襄陽、樊城へと向かっております!」
「ついに動いたか!」
だがそれでも魏の方が兵が多い事実だよな。しかし、何故呉がこちらについたのか未だにわからん。情勢が激動している、ここで敗北するわけには行かない。何とか長平に入城したいが、そうさせまいと必死に邪魔をする呂虔軍が恨めしい。