一客の膳が、大広間の入り口ちかくにひっそりと置かれている。
その上部は、ちゃんと大柄の布巾っぽいものでおおわれており、布巾の上には「達筆すぎて理解不能」な草書体でメッセージがつづられている。
「レンジでチンしてね。ママより」
ではない。
「あたたかいものをだしたかったが、子宮腺肌症 馬の調子をみなければならぬ。おわったら、自身で食器も片付けてくれ」
双子からのメッセージである。
膳のうえには、玄米、みそ汁、芋の煮っころがし、鯵の干物、それから、このまえの女児のところからいただいた筍の佃煮と沢庵がのっている。しかも、いつもおかわりをするおれの腹具合をよみ、玄米は茶碗ではなく丼に盛られている。
双子・・・。パーフェクトすぎ、である。
豪勢な朝餉を腹いっぱいいただく。まぁ、ブランチといってもいいもしれないが。
とりあえず、宅内の掃き掃除はおわったみたいである。隊士たちは、自分たちの荷造りをしていたり、隊の荷物をまとめたりしている。それを横目に、相棒の様子をみに畜舎に向かう。
あくまでも、『兼定の散歩係』として、相棒の様子をみにいくのであって、馬のお産の様子をうかがいにいくわけではない。
だってほら、相棒がちゃんとブレックファーストを喰ったかどうか、散歩係としては気になるところではないか。それに、朝の散歩にもいったかどうかも。
おそらく、前者は双子が、後者は市村と田村が、それぞれやってくれているはず。
ネグレスト野郎、あるいは動物虐待・・・。
SNSでたたかれること、間違いなし。
「局長、安富先生。おはようございます」
畜舎のまえに、局長と安富が立っている。
「おはよう、主計。おぬしのような者を、ネボウレスト野郎と申すらしいな」
「はい?」
この朝、めっちゃ快晴である。さわやかな陽光の下、局長の笑顔がまぶしい。
その笑顔に笑顔を返しつつ、ネボウレスト野郎について思いをはせる。
「利三郎が申しておった。寝坊はするわ、兼定はほったらかしどころか、ぽちたまや鉄らに面倒をおしつけてるわで、まったく役に立たぬ、と」
「はい?」
安富の笑顔もまぶしい。くらくらするほどである。
ってか、貧血か吸血鬼か、おれ?
現代っ子バイリンガル野村に、してやられた。ネグレストと寝坊をかけ、ネボウレスト野郎だって?
ネグレストなんて、あいつに教えたことがあったっけ?
「申し訳ございません」
上司に謝罪する。ちゃんと上半身を90度に折り曲げて。
「このまえも申したとおり、利三郎も場の雰囲気を和ませようと必死なのだ。ゆえに、主計・・・」
局長が、おれの両肩にごつい掌をそえる。まだ、上半身はこねつきバッタのごとく、折り曲げたままである。
異国人からすれば、これこそが日本人が気弱だとか、「イエスマン」だといわせしめる所作の一つなのであろう。
が、そこで生まれ育った日本人にとっては、謝罪する、あるいはお礼をするなど、精一杯の誠意をみせるアクションにほかならないのである。
その瞬間、局長の両掌に力がこもった。すさまじい瞬発力である。おれの上半身は、けっして曲がらぬ方向に曲がってしまったフィギュアのごとく、無理くりにそらされてしまった。背筋をまっすぐ伸ばすなど余裕で通過し、弓なり状態である。
両肩も腰も、声にもならぬ悲鳴をあげている。
「どうか犠牲になってくれ。なあに、笑われるということは、みな、主計のことが嫌いではない証拠・・・」
「きょ、局長・・・。すみません。笑われるのはかまいませんが、体をはって笑いをとるには、おれは体力がなさすぎます。イダダダ・・・」
「おっと。これはすまなかった。おまえは、背筋も弱いようだな、主計」
ちゃんとした姿勢に正してもらいつつ、その一言にショックを受けてしまう。
そういえば、背筋どころか腹筋もやばいかも・・・。これは、素振り同様毎日やったほうがいいのか?計画的に、ワークアウトをすべきなのか・・・。
「それで、馬の様子はいかがですか?」
痛む腰をさりげなくさすりつつ、安富に問う。すると、かれはうれしそうな笑みをひらめかせ、教えてくれた。
「局長にも伝えていたところだったのだ。今宵から明朝にかけて産まれるだろう、というぽちたまのみたてだ」
「へー。よかったですね、安富先生。のぞいてみていいですか?相棒にも会いたいですし」
「不安にさせてはならぬゆえ、そっとだぞ」
「局長もまいりましょう」
「わたしは、すでにのぞいてまいった。今宵、手伝いをするつもりだ」
驚いた。局長が、お産の手伝い?しかし、いいかもしれない。いろんな意味で。
そう考えつつ、畜舎内に入ってみる。
なかに入ると、馬房のまえに相棒がお座りし、一心に馬房をみつめている。おれが一歩を踏みだすよりもはやく、鼻面がこちらへ向けられる。
ううっ・・・。めっちゃ