みな、寝耳に水的に驚いている。旅立つ者もそうでない者も、突然訪れた別れに動揺している。
それでも、気丈に挨拶する。
正直、確実に再会できるとはかぎらない。なぜなら、おれたち本隊にしろ斎藤ら別動隊にしろ、幾つもの戦闘を経なければならないからである。
だが、確実にいえることがある。
局長は、事後避孕藥 斎藤をはじめとした別動隊に会うことはない、ということである。
斎藤は局長をまえにし、幾度か口を開きかけるも、結局、についてはなにもいえずじまいで、旅立っていった。
おれたちは、兼川ら会津藩士たちと別動隊の背がみえなくなるまで、掌をふりつづけて見送った。
副長にとって、試衛館からの同志は局長だけになってしまった。
ロス感が半端ないだろう。
見送った後、副長はいつの間にかいなくなっていた。
夜中、寝付けなかった。その日は一日、なにをするにもぼーっとしてしまい、双子に叱られることがおおかった。
それは、ほかの隊士たちも同様で、銃や剣術の練習中に、ちいさなミスや怪我が続出した。
ロス感は、全員等しくあるようだ。
どうしても眠れぬので、相棒と夜の散歩にでもゆこうと部屋をそっとでる。
同室の野村も眠れぬのか、寝返りばかりうっているようだ。だが、なにもいってこないので、そのまま軍服のシャツとズボンと「之定」をひっつかんで部屋をでた。
部屋のまえで、寝間着がわりの着物からそれに着替え、着物はてばやくたたんで部屋のまえに置いておく。
それから、厩にむかった。
自慢ではないが、金子家の厩はおれの現代の住まいよりひろい。正確には、厩兼牛舎、ていうか、畜舎といったところか。馬も牛もいる。
それらは、金子家が所有しているが、村の人々のためのものである。
畑を耕したり、荷を運んだりするために、貸しだすのだ。
いってみると、格子もなにもないおおきな明り取りから、ぼーっと明かりがもれでている。
この時刻である。さすがに「モー」とか「ヒヒン」とか、なんの声も音も流れてこない。
ひっそりと静まりかえっている。振り返ると、月と星明りの下、母屋や厨がひかえめに影を浮かび上がらせている。
入口のおおきな引戸をそっと開けると、藁と糞のまじったにおいが鼻をうつ。
「主計。いかがいたした?」のではなく、金子家の馬が入っている馬房から、安富がちょうどでてきた。
こんな時刻に、まだ起きているなんて・・・。
「あ、もしかして、起こしてしまいましたか?ちょっと眠れそうにないので、相棒を連れて散歩でもしようかと・・・」
といっている最中に、相棒も安富とおなじ馬房からでてきて、とことことこちらへあるいてきた。そして、安富の左脚すぐうしろのところにお座りする。
うっ・・・。ネグレスト化を怒っているのか?兼定の散歩係なのに、兼定がいなくなったら、どうなるんだろう。
ぶっちゃけ、お役がなくなるのだから、文字通り「お役御免」ってやつか?
「産まれそうなのだ」
「はい?」
そんな危機感を抱いていたので、安富の言葉の意味がまったくつかめなかった。
「産まれそうでな。もう間もなくだ」
「うまれそう?うまれるって、いったいなにが・・・?」
アイデアとか?作品とか?
「あのなぁ主計。きまっておろうが。ここで、の子が産まれるか?馬の仔にきまっておろうが」
「ああ、ああ、馬・・・」
それをきいて、目から鱗ではないが納得する。
「先生、厩で産まれた人もいるんですよ。すっごく有名な話です」
「ほう・・・。それはうらやましい。さぞかし、馬好きであろうな」
馬フェチの安富らしい。思わず、ほっこりしてしまう。
「そうですね。馬も含めて生きとし生けるものすべてを愛されてるんでしょうね」
「それは興味深い。わたしもしっているかな?」
「どうでしょうか。いまはもう崇拝の対象で、生きてはいませんので。それで、馬が出産するんですね」
イエス・キリストの話は置いておいて、話をもとに戻す。
「金子家の牝馬がな。もう産まれてもおかしくないのだが・・・」
「え?先生は、馬を調教するだけでなく、出産の経験まであるのですか?」
「かようなわけがなかろう?」
「それが当然だ」的に笑う安富。
「大丈夫なんですか?」
漫画とかドラマとか映画の馬の出産シーンって、めっちゃ大変みたいに描かれているが・・・。実際のところは簡単なのだろうか。
京にいた