くこの桝屋を突き止めたのである。
沖田がこうして茶屋に出向いたのは甘味が食べたかったのではなく、山崎から文が届き、偶然非番だったからだ。
桝屋からは丁度、宮部鼎蔵なる尊攘派の肥後熊本藩士が下僕のを連れて出てくる。沖田は宮部の顔を記憶するように見た。黒の紋付袴を着こなすその姿には何処か威厳を感じる。
忠蔵は額に傷があり、活髮 すり足気味に歩いていた。
「よく掴みましたね」
「金は天下の回りものっちゅうことですわ」
苦労はしたものの、山崎の天性とも言える人の懐に入る上手さと金を握らせることで、周囲の町人から情報を得たのである。
極めつけは、会津藩の小鉄という が桝屋の裏の長屋に住んでおり、そこから出入りする浪士の名を提供してもらったことが大きかった。
さり気なく桝屋を見ていると、周囲を気にするような素振りの浪士達が出入りをしている。
「あれでは…何かあると言っているようなものですね。後日御用改めになると思います。山崎君は屯所へ戻って報告をお願いします」
「分かりましたわ。ではまた後ほど」
沖田は表情を変えることなくそう言うと、立ち上がり桜花の横へ戻った。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、大丈夫です」
戻るなり沖田は団子を口へ運ぶ。
ほんのりとした甘さが身体に染み渡るようだった。自然と口元が綻ぶ。
「甘い物がお好きなんですね」
それを見た桜花は思わず声を掛けた。前も懐から金平糖を出して褒美にくれたり、隊士と出掛けたりしていたのを見たことがある。
「ええ、好きです。江戸に居た頃は貧乏だったから、そうやたらと食べることは出来ませんでしたが。でも試合で勝った時とか私がべそをかいた時に、勝太先生…いや近藤局長が金平糖をくれたんです」
過去を懐かしむように、沖田は空を見上げた。優しい風が髪を撫でる。
「あの時の美味しさと言ったら、何物にも変え難いです」
「甘い物というよりも、沖田先生は本当に近藤局長の事が大好きなんですね」
桜花がそう言うと、沖田は心からの笑みを浮かべた。師弟関係を越えた深い絆がその表情だけ伝わってくるようだった。
「はい。あの人は師であり、兄であり、親のような方ですから。私は…近藤局長に死ねと言われたら死にますよ」
そう言う沖田の表情は柔らかいが、その瞳には覚悟の色が宿っている。
沖田と言い、吉田と言い、高杉と言い。この時代に生きる志士に共通して言えるのは、自身の信じるものの為に命を賭けているということだ。
生き急いでいるようにも見えるが、それ程日々を精一杯生き抜いているのだろう。
生命力に溢れ、酷く鮮やかで。桜花にとって彼らは眩しい存在だった。
「私も、いつかそう思える日が来るのでしょうか。何かの為に命をかけられる日が…」
「ええ、必ず来ます。…と、このような話をしてしまって済みません」
沖田は困ったように眉を下げる。 「ところで桜花さん、あそこでの生活は慣れましたか」
「はい、お陰様で」
稽古以外は家事を中心に行っているため、さほど新撰組とは関わる機会はない。故に想像していた程、血なまぐさい日常ではなく、穏やかそのものだった。
「そうですか。それは良かった。貴方の剣は曇りが無いからもっと伸びますよ。しかしね、貴方はこれ以上新撰組に関わるべきでは無い」
「それはどういう…」
沖田のその言葉の真意を知ろうと、桜花は沖田の目を真っ直ぐに見る。
「居れば居るほど、知りたくなくとも新撰組の内部に触れてしまう。そうするともう隊から離れることが出来なくなる。しかし貴方は隊士ではないから、今なら引き返すことが出来ます」
沖田は桜花の剣を好ましく思っていた。剣筋から見える誠実で曇りのないそれは、手合わせをしていても心地好いものだった。
だが思想や欲に触れれば触れるほど、この純粋さは失われていくだろう。それが勿体無く感じた。