「土方さん、頼むから落ち着いてくれ」
「副長っ、俊春は怪我をしているのです」
原田や斎藤が追いすがり、なだめるも、いっさいスルー。殺気だった圧がのしかかり、こちらの気力を押し潰す。
騒ぎをききつけた隊士たちが、肺癌咳嗽 玄関先に群がり、なかをのぞき込んでいる。
「どけっ」
キレてる副長の一喝で、隊士たちは蜘蛛の子を散らしたように玄関先からいなくなる。
残るは、相棒のみ。
指で、ひくよう合図を送る。
副長は軍靴もはかず、「葵の間」をでてしまう。もちろん、俊春も。
どうやら、宿所に向かっているようである。
島田が、「葵の間」の玄関先でまちかまえている。永倉が、「あとを頼む」と合図を送る。
「葵の間」に警固の隊士を戻し、巡回もやってくれるだろう。
なにもなかった、なにもみなかった、といいふくめて・・・。
宿所のいくつかある部屋で仮眠をとっている隊士たちも、騒ぎと殺気に飛び起きてくる。
障子をあけ、殺気立つ「鬼の副長」が、俊春をひきずってあゆむ姿をみ、仰天して障子を閉ざす。
さわらぬ に祟りなし、というやつである。
そのなかには、大石もいた。ってか、いつも仮眠をとっている。
誠に、ふざけたやつである。
大石は、俊春がへまでもやらかし、副長に叱られるのかと勘違いでもしているのであろう。一人、柱にもたれ、へらへら笑いながら、副長と俊春が通りすぎるのを眺めている。
鬼のひと睨み。地獄の閻魔をも震え上がらせる睨みに、大石のへらへら笑いが瞬時にして凍り付く。
「ひっこんでろ」
二人を追う、永倉の恫喝。
大石は、慌てて部屋に飛び込み、障子を閉ざしてしまう。
副長は、自分専用の部屋のまえまでくると障子をあけ、そのなかに俊春を投げ入れた。
俊春は、小柄である。その腕をつかむ掌をひらめかせるだけで、かれはいとも簡単に室内に投げ入れられた。
部屋は、誠にちいさい。四畳である。江戸間は、京間とちがって一畳のおおきさがちがう。6.2平米である。
超激安ビジネスホテルのNETタイムセール日替わり特別価格に指定される、和室っぽい。
てっきり、しめだされるかと思ったが、副長は自分が部屋に入ってから障子を閉ざさなかった。
が、入ろうにも、副長が部屋の入り口で立ちはだかっているので、入れるわけもない。
俊春は正座し、身をちいさくしている。うつむき、震えている。
その怯えきった姿は、ほんの三つか四つの幼児にしかみえない。「俊冬は、うしろぐらいことはしていないっていったよな、俊春?」
怒りや悔しさをにじませたような、副長のささやき声。
怯える俊春のまえに立ってかれをみおろし、そう尋ねる。
俊春は、無言である。うつむき、を畳の上に向けたまま、ただただ震えている。
「俊春、きいているのか?それとも、こたえられんのか?を、あげろ」
それでも、俊春は応じようとしない。「土方さん、いいかげんにしてくれ。あんた、自身でなにやってんのかわかってるのか?」
原田が副長を突き飛ばし、部屋のなかへ入って俊春のまえに両膝をつく。
俊春の華奢な肩が震えているのが、からでもわかる。
原田の掌が、その肩に置かれる。
俊春は、はっとしたように、わずかに をあげる。
「われらは・・・。われらは、うしろぐらいことはしておりませぬ」
俊春は、自分の肩に置かれた原田の掌に勇気を得たのであろうか。きこえるか、きこえぬかの声で応じる。
「これが、われらです。これが、われらのやり方なのです」
「考え方の相違ってやつか、ええっ?俊春、おれをみろ」
俊春は、命じられても を伏せている。かれの肩に置かれた原田の掌に、力が入る。そこでやっと、俊春が をあげる。