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「すまぬ。心ないことを申してしまった」
 かれは、気がついたのだ。のことをしっているが上に、つらいこともおおくあるということを。
「いいんですよ。今回のことは、便利な部類に入ります。それと、助けられるもあるかもしれませんしね」
「ああ、そうだね。みなが無事にもどれるといいのだが」
 伊庭は、子宮腺肌症 そうつぶやくと白く波立つ海上へとを向けた。
「戻ったら、勝負をお願いします。これからは、忙しくなりますので」
「もちろん。愉しみにしているよ。あぁもちろん、歳さんは抜きでね」
「おれがなんだって?」
 せっかくの伊庭と二人きりの会話に、副長がちかづいてきて邪魔をした。
「なんでもありませんよ。船酔いするかもしれないって話をしていただけです」
 伊庭がいってくれた。
 それから、みんなそろって下におりた。
 船倉の一部に、畳を無理矢理敷いている。
 その畳のあいているところに横になった。
 さすがは幕府の海軍の乗組員たちである。
を動かしつづけている。
 それが当然といえば当然なのだろうけど、それでもすごいとしかいいようがない。
 これだけ揺れれば、立っているのも難しい。
 結局、俊冬と俊春も船酔いを回避する完璧な方法はわからなかった。
『まあ、とおくをみるくらいかな?』
 俊冬がいう。
 たしかに、それはそうだ。
 それが効果的であることに間違いはない。
 だが、とおくをみようとすると、どうしても甲板にでなければならない。この揺れ方だと、とおくをみるまえに波にさらわれる可能性が高い。
 さらわれてしまえば、たしかに船酔いはしない。
 溺れ死んでしまうだろうから。
『あとは睡眠不足でないこと、体調を万全にしておくこと、揺れのすくない場所にいること、頭を動かさないようにする、くらいかな?』
 俊春がいう。
 それらも、たしかにそうだ。
 残念なことに、睡眠不足でないというところで、とりあえずアウトだ。
『ああ、アルコールを大量に摂取して、気を失うとか』
 二人が声をそろえていう。
 それもたしかにそうだ。
 だが、急性アルコール中毒になる可能性が高い。そうならなかったとしても、二日酔いになるだろう。それこそ、本番で役に立たないくらいに。
 あるいは、沈没や予想外に敵に攻撃されるようなことになれば、気を失ったまま海に沈むか、気がついてもなにもできないまま死ぬか、だ。
 どっちにしても、リスク高すぎである。
 だから横になり、瞼をぎゅっと閉じてできるだけちがうことをかんがえた。
 親父のことを思いだしたり、これからさきの展開について思いをはせたり……。
 だが、結局は船酔いという不安にいきついてしまう。
 そうこうしている間に、蟠竜と高雄がいなくなったという報が舞い込んだ。
 副長とともに、揺れに抗いながら荒井と甲賀に会いにいった。
 ニコールらフランス軍士官たちも集まっている。
 でっ、史実どおりこのまま宮古湾に向かうことになった。
 高雄とは、合流できた。修理が必要という。嵐のせいかどうかはわからないが、兎に角機関部の修理が必要らしい。
 そのため、宮古湾の南にある山田湾という港に入港することになった。
 敵艦がいてはマズいので、回天はアメリカ国旗を掲げ、蟠竜はロシア国旗を掲げた。
 これらもまた、史実どおりである。
 そこで、甲鉄が宮古湾の鍬ケ崎港に入港したとの確実な情報が入った。
 高雄の修理がおわったとのしらせもきた。
 一隻だけはぐれてしまった蟠竜は、当初の取り決めどおり鮫村沖に向かい、そこで待機しているはずだ。
 だとすれば、やはり二隻で向かうしかない。
 このチャンスを逃せば、もう二度とそれは巡ってこないかもしれないのだ。
 史実では、敵はおれたちがすぐちかくにまでちかづいていることをしらない。
 いましかない、というわけだ。
 というわけで、すぐに出航した。
 明日、つまり三月二十五日の夜明けに高雄が甲鉄にぶつかり、回天がほかの敵艦を牽制することになる。
 そう作戦がかきかえられた。
 が、そううまくはいかない。
 高雄がまた故障するからである。
 副長と島田、それから伊庭と俊冬と俊春とで話し合った結果、荒井と回天の艦長である甲賀に告げることになった。
 甲賀が死ぬ、ということをである。
 戦闘がはじまれば、俊冬が甲賀を護ることになっている。が、敵は甲鉄一隻ではない。周囲に何隻かいる。
 本来なら高雄が接舷し、回天がその周囲の
 おれたちが船倉でマグロのように横になっている間でも、
になっている。
 つづいて、副長のをうかがってみた。
 コーヒー初体験ということもあり、「ほう」とか「へえ」とかつぶやきつつ香りを愉しんでいるみたいである。事後避孕藥 カップをかたむけ、口に液体を流し込んだ。
 淹れてから時間が経っていることもあり、大分とぬるくなっている。それは仕方がない。その分、口中でじっくり味わえる。
 ワインではないが、舌の上で転がしてみた。
(……!)
 な、なんじゃこりゃ?
 あまりの衝撃に、液体をごくんとのみこんでしまった。
 器官に入ってしまった。思わず、むせてしまう。
 俊冬と俊春も同様である。
 三人でむせまくってしまった。
「な、なんかちがうね」
「あ、ああ。おれたちがのんでいたのは、コーヒーの歴史のなかで完成されたものだからな」
「ごめん。せっかく淹れてくれたけど、正直、衝撃的な味だって認めざるを得ない」
 三人でをみあわせてしまった。
 なんだろうか。なんともいえぬ味わいなのである。
 コーヒーは苦みが強いものとか酸味のきついものとか、豆の種類によって味は異なる。
 が、これはなにか根本的にちがうようだ。
 酸味というよりかは『スッパ!』って感じだし、苦みというよりかは『どんよりしびれる』感じがするし、なにより『かび臭い』って感じもある。
 つまりトータルすれば、これまでのコーヒーの味わいを根底から覆すような、新種の味わいってわけである。
 ぶっちゃけ不味い。
「おお、これはうまい」
 副長は、そんなおれたちの絶望感など気がつくまでもなく、嬉々としてコーヒーを味わっている。
 砂糖をおおく投入しているから?
 ならば、砂糖を入れてみればいい?
 いや……。
 それもなんかちがうだろう。
 まったく味をしらなければ、いまのんでいるこれがそうと思ってしまう。
 白湯や日本茶とはまったく異なるテイスティングである。どんな味でもうまく感じられるのかもしれない。
 くわえて、副長と相性がぴったり合うのかもしれない。
「これはこれで、慣れればいいだけだ。そうだよな?」
 うまい認定をしている人がいる。そう。未来のコーヒーと比較するからいけないんだ。
 これがコーヒーの元祖で、こういう味なのだと割り切れば、のめないことはないはずだ。
 一応、コーヒーなのだ。堪能すべきである。
「そうだな。きみがポジティブシンキングでよかったよ。わんこ、かれを見習おう」
「そうだね。せっかくだから」
 二人とともに、『ザ・コーヒー』を愉しもうと努力をした。
 以降、奇想天外な味わいのこのコーヒーのことを、おれたちの間で『ザ・コーヒー』と呼ぶことにした。
 俊冬と俊春は、おかわりも準備してくれていた。
 副長は、すっかりコーヒーを気に入ったらしい。
 副長はもちろんのこと、俊冬と俊春とおれも二杯目をのむころにはそのひどい味にすこしは慣れ、三杯目にいたった頃には「こういう味」だとヨユーをもってのめるようになった。
 結局、副長は三杯のみ、おれたち三人は四杯のんだ。
 これだけのむと、当然あらわれる効果がある。
「なんだあ?今宵は、まったく眠くならぬな」
 副長がいいだした。おれはすでにそれを感じている。
「このくらいの時刻になれば、いつもなら書類の文字を追っているだけでうつらうつらするのだがな。今宵は、うつらうつらどころかますます冴えてくる」
「ええ。これが、コーヒーの効果です」
 俊冬は、患者に病名を告げる医師のように冷静に告げた。
「なんてこった。明日のために、すこしは眠った方がいいのにな」
「同様です。昔は、おれもこのくらいで眠れないってことはなかったんですが、ひさしぶりすぎてカフェインの効果が覿面にあらわれています。きみらも……」
 俊冬と俊春に同意を求めようと、そちらにを向けてみた。しかし、日頃から仙人レベルの生活を送っている二人である。
 カフェインを摂取しようがしまいが、眠れなくなるなんてことはないにちがいない。
 そもそも、眠っていないのかもしれないし。
 それを悟り、ソッコーで同意を求めることをあきらめた。
「まあいいか。せっかくの機会だ。朝まで話でもしよう」
 今夜の副長は、あきらかにいつもとちがう。
 やさしげにこんな提案をしてくるなんて、どうかんがえたっておれが死ぬからとしか思いようがない。
 あるいは、野村の影武者を務める俊春が死ぬか。さらには、甲賀をかばって俊冬が死ぬとか。
「ちょっと、きみ。どうしてもぼくたちを殺したいみたいだね。きみ自身が死ぬかもって推測するのは勝手だけど、ぼくらまで巻き添えにしてほしくないんだけど」
 俊春にツッコまれてしまった。
「だって、副長がやさしいからつい……」
「あああああ?おれが朝まで話をしようっていってなにが悪いんだ」
「いえ、悪いわけでは……。あ、そうだ。これは、グッドタイミングだ。親父のことをきかせてくれないか?このまえ、いっていただろう?親父のことをききたかったら、後日おしえてくれるって」
 副長にまた拳固を喰らうまえに、そう提案してみた。もちろん、その相手は俊冬と俊春である。
「いいけど……」
気を遣ってか、俊冬が横に座る副長をチラ見した。
をしたってかわいくないんだよ」
 副長は、おれのキュートなはずの仕種までディスってくるではないか。
 ったくもう、どんだけ自分に自信があるっていうんだ? とりあえずは、景色を存分に堪能した。
 こんな景色を拝めるなら、日に一度は訪れたいものである。
 久吉曰く、顯赫植髮 ここは市村や田村だけでなく、隊士たちの何人かもお気にの場所らしい。
 丘をくだりはじめたところ、どこからか声が流れてきた。
「てっちゃーん、銀ちゃーん」
 どうやら、子どもの叫び声っぽい。
 おれたちの向かう反対の方向から、集団が丘をのぼってくる。
「あっ、とらちゃんたちだ。おーい!」
「ほんとだ。しんちゃんやとよちゃんもいるよ」
 途端、子どもらが振り返って掌をふりはじめた。
 どうやら、かれらの知り合いらしい。
 その集団がちかづくにつれ、嫌な予感がしはじめた。
 白い鉢巻に同色の布を左肩から肩襷し、左腕にはなにかを縫い付けているようだ。
 上衣は黒い軍服で、ズボンはもんぺスタイルのズボンをはいている。なかには、白い鉢巻と肩襷で着物袴の子もいる。
 若松城の方向からきているあの子どもたちは、白虎隊の面々にちがいない。
「どうした?」
 むこうがちかづいてくるまでの間、副長がおれの様子に気がついた。
「先日お話しした白虎隊だと思います」
 それだけ耳元に告げると、副長の眉間に皺がよった。
 副長もおれとおなじ気持ちになっているにちがいない。
「くそったれ!まだ餓鬼ばかりじゃねぇか」
 案の定である。副長がかぎりなく小声でささやいた。
 白虎隊は、今回の戦のために組織された隊である。たしか、武家の十六歳や十七歳が集められているはずである。なかには、それ以下、十四歳や十五歳も年齢を偽り参加している者もいる。結局、十三歳くらいの年齢の子どもも、幼少組として参加したといわれている。
 この戦は、会津にとって藩をあげての大決戦。第二次世界大戦時の日本同様、藩領内の老若男女を問わず、玉砕覚悟の必死の覚悟で臨んでいる。
 白虎隊は、当初は大人たちの支援を目的にしていたのであったであろうが、結局は最前線に投入される形になる。
 新政府軍の容赦ない猛攻が、そうせざるをえなかったのだ。
 結果、隊の一部分は飯森山の悲劇、つまり自刃へとつながってゆく。
 もしかすると、いまこのなかにいるだれかが、飯森山で自刃するかもしれない。まだこんな子どもが、である。
 そうかんがえると、まともにみていられなくなる。
「これが兼定だよ。昨夜、合流したんだ」
「恰好いいだろう?」
 市村と田村は、相棒のことを白虎隊の面々に自慢しまくっているらしい。鼻高々で紹介している。
「うわー!狼みだいだね。磐梯山みだいにおおぎい」
「強そうでねぇだが」
「いいよね。おらの爺様の犬はもっとぢいせえ」
 子どもらは、相棒を取り囲んでわいわい騒いでいる。
「若松城を守護されている白虎隊の方々でいらっしゃいます。蟻通先生や隊士の方々が、二、三度刀や鉄砲のつかい方を指南されたのです。その際、市村さんと田村さんはすっかり仲良くなられたようでして。ここで会っては相撲をとったり剣術の稽古をされているようでございます」
 子どもらの様子をみながら、久吉が教えてくれた。
 子どもらは、すぐに仲良くなれる。うらやましいほどに社交的で順応性がある。
 だが、市村や田村がかれらのをしってしまったら……。
 いったい、どうなってしまうだろう。
 しらせることはなくとも、戦況がいちじるしく悪い状態で会津を去ることになれば、かれらは心を痛めるにちがいない。
 想像すると、いろいろな意味で気が滅入ってしまう。
 白虎隊の一員であろう子どもらは、かわるがわる相棒をなでたり抱きしめたりして、堪能したようだ。その間、相棒は尻尾をふりふり愛想を振りまき神対応している。
 そこでやっと、子どもらがおれたちに気がついたようだ。一人の子がはっとしたように
大村益次郎を称するのに、俊冬は「でこちんの助」と、俊春は「でこぴん野郎」と両者譲らず、この話題になったらきまって熾烈なバトルをくりひろげるのである。
 五兵衛新田にとどまっていたとき、どっちがふさわしいかを新撰組の内部で民主主義的に問うたことがある。おれは、ウィキ等で肖像画をみたことがあるので、どっちがふさわしいかを決めようと思えば決めることができる。が、ウィキは当然のこと、おなじ時代に生きているとはいえ、ずっと敵対している大村とリアルに面識があるわけもない新撰組のメンバーにとっては、なんのこっちゃわからぬのは当然のこと。みな、テキトーにどっちかを選んでいた。
 それは兎も角、生髮藥副作用「でこちんの助」にしろ「でこぴん野郎」にしろ、大村を語るのに、どちらもズバリすぎる。どれだけイマジネーションを駆使しようと、それ以外はかんがえようもない。
 ってか、双子にすりこまれてしまっている。
 ちなみに、大村は軍師としては優秀かもしれないが、性格は致命的にイタイのである。ゆえに、とくに薩摩藩とは衝突がおおかったらしい。もっとも、長州藩内部でも評判はすこぶる悪いらしいが。
 海江田は、ことあるごとに大村とぶつかる。来年、大村は、長州藩の尊王攘夷派である
 半次郎ちゃんも飯やおかずを喰いながら、
 半次郎ちゃんも飯やおかずを喰いながら、を中心とする不満分子らのメンバーに襲撃される。結局、大村はそのときの傷が元で死ぬ。
 海江田が、そのメンバーを煽動したという説がある。
「いいのか、ぽち?たまにしられたら・・・・・・」
「しられる、ですと?永倉先生、しられることはありますまい。なぜなら、これにいらっしゃるすべての方が、あの愚か者に告げるようなことがないからです」
 それは、めっちゃ脅迫めいていて、なおかつ不穏すぎる言葉である。
 はやい話が、「チクるようなことがあれば、ただじゃすまさないぞ」感が半端ない。
 ってか、俊春よ。なにゆえ、大村益次郎を表現するのに、いつもこんなにムキになるんだ?
 殺気立ち、なおかつ多重人格者みたいに豹変するんだ?
 沈黙が重い。重すぎる。
 
 全員が、唖然としたで俊春をみつめている。「西郷先生と薩摩の方々に、あらためてお尋ね申す。「でこぴん野郎」と「でこちんの助」、いかに?」
 俊春は、まるで人類の行く末を審議する神のごとく決然と問う。それから急に、やわらかい笑みを浮かべた。
「わたしは、強いですよ」
 そのたった一言は、万の大言壮語より威力がある。ってか、めっちゃ脅してる。
 だれかが唾を呑み込む音が、やけにおおきくきこえてきた。
「「でこぴん野郎」、じゃなあ」
 ややあって西郷が答えた。さすがである。
「おいどんも、「でこぴん野郎」じゃて思う」
「おいどんも、そいに同意すっ」
「おいどんもそうじゃ」
「「でこぴん野郎」やなあ、半次郎ちゃん?」
 つぎからつぎへと、「でこぴん野郎」に票が入る。ってか、入れるしかない。
 最後は別府である。かれにうながされた半次郎ちゃんも、無言でうなずくしかないようである。
「心より安堵いたしました。これで、ムダに血を流さずにすみましたな」
 俊春は、柔和に微笑む。それはそうであろう。かれの思惑通りにことがすすんでいるのだから。かれは、満足しているにちがいない。
「西郷先生、海江田先生にもお伝えください。「でこぴん野郎」と「でこちんの助」ではどちらがふさわしいかを、軍議の間中ご検討願います、と」
 俊春はそうシメてから、縁側で叩頭した。
 西郷は、はっとしたようだ。
「わかった。かならずや伝ゆっ。おいどんも、軍議中にあらためてどちらがふさわしかか、検討してみることにすっ」
 海江田にしろ西郷にしろ、軍議の席で大村をまえにし、「でこぴん野郎」か「でこちんの助」か、どっちがよりふさわしいかをかんがえていたら、たとえ大村本人にムチャぶりされてもスルーする余裕ができるかもしれない。
 俊春は、それを狙っているのだ。
 おそらくは、であるが。
「よかれば、こいを着てよかたもんせ」
 篠原と「幕末のプレ〇リー」こと村田が、軍服をもってきてくれた。
 もちろん、コスプレのためのものではない。カモフラージュのためである。
「うまくたちまわるつもりだが、万が一ってこともある。そうなりゃ、
 一客の膳が、大広間の入り口ちかくにひっそりと置かれている。
 その上部は、ちゃんと大柄の布巾っぽいものでおおわれており、布巾の上には「達筆すぎて理解不能」な草書体でメッセージがつづられている。
「レンジでチンしてね。ママより」
 ではない。
「あたたかいものをだしたかったが、子宮腺肌症 馬の調子をみなければならぬ。おわったら、自身で食器も片付けてくれ」
 双子からのメッセージである。
 膳のうえには、玄米、みそ汁、芋の煮っころがし、鯵の干物、それから、このまえの女児のところからいただいた筍の佃煮と沢庵がのっている。しかも、いつもおかわりをするおれの腹具合をよみ、玄米は茶碗ではなく丼に盛られている。
 双子・・・。パーフェクトすぎ、である。
 豪勢な朝餉を腹いっぱいいただく。まぁ、ブランチといってもいいもしれないが。
 とりあえず、宅内の掃き掃除はおわったみたいである。隊士たちは、自分たちの荷造りをしていたり、隊の荷物をまとめたりしている。それを横目に、相棒の様子をみに畜舎に向かう。
 あくまでも、『兼定の散歩係』として、相棒の様子をみにいくのであって、馬のお産の様子をうかがいにいくわけではない。
 だってほら、相棒がちゃんとブレックファーストを喰ったかどうか、散歩係としては気になるところではないか。それに、朝の散歩にもいったかどうかも。
 おそらく、前者は双子が、後者は市村と田村が、それぞれやってくれているはず。
 
 ネグレスト野郎、あるいは動物虐待・・・。
 SNSでたたかれること、間違いなし。
「局長、安富先生。おはようございます」
 畜舎のまえに、局長と安富が立っている。
「おはよう、主計。おぬしのような者を、ネボウレスト野郎と申すらしいな」
「はい?」
 この朝、めっちゃ快晴である。さわやかな陽光の下、局長の笑顔がまぶしい。
 その笑顔に笑顔を返しつつ、ネボウレスト野郎について思いをはせる。
「利三郎が申しておった。寝坊はするわ、兼定はほったらかしどころか、ぽちたまや鉄らに面倒をおしつけてるわで、まったく役に立たぬ、と」
「はい?」
 安富の笑顔もまぶしい。くらくらするほどである。
 ってか、貧血か吸血鬼か、おれ?
 現代っ子バイリンガル野村に、してやられた。ネグレストと寝坊をかけ、ネボウレスト野郎だって?
 ネグレストなんて、あいつに教えたことがあったっけ?
「申し訳ございません」
 上司に謝罪する。ちゃんと上半身を90度に折り曲げて。
「このまえも申したとおり、利三郎も場の雰囲気を和ませようと必死なのだ。ゆえに、主計・・・」
 局長が、おれの両肩にごつい掌をそえる。まだ、上半身はこねつきバッタのごとく、折り曲げたままである。
 
 異国人からすれば、これこそが日本人が気弱だとか、「イエスマン」だといわせしめる所作の一つなのであろう。
 が、そこで生まれ育った日本人にとっては、謝罪する、あるいはお礼をするなど、精一杯の誠意をみせるアクションにほかならないのである。
 その瞬間、局長の両掌に力がこもった。すさまじい瞬発力である。おれの上半身は、けっして曲がらぬ方向に曲がってしまったフィギュアのごとく、無理くりにそらされてしまった。背筋をまっすぐ伸ばすなど余裕で通過し、弓なり状態である。
 両肩も腰も、声にもならぬ悲鳴をあげている。
「どうか犠牲になってくれ。なあに、笑われるということは、みな、主計のことが嫌いではない証拠・・・」
「きょ、局長・・・。すみません。笑われるのはかまいませんが、体をはって笑いをとるには、おれは体力がなさすぎます。イダダダ・・・」
「おっと。これはすまなかった。おまえは、背筋も弱いようだな、主計」
 ちゃんとした姿勢に正してもらいつつ、その一言にショックを受けてしまう。
 そういえば、背筋どころか腹筋もやばいかも・・・。これは、素振り同様毎日やったほうがいいのか?計画的に、ワークアウトをすべきなのか・・・。
「それで、馬の様子はいかがですか?」
 痛む腰をさりげなくさすりつつ、安富に問う。すると、かれはうれしそうな笑みをひらめかせ、教えてくれた。
「局長にも伝えていたところだったのだ。今宵から明朝にかけて産まれるだろう、というぽちたまのみたてだ」
「へー。よかったですね、安富先生。のぞいてみていいですか?相棒にも会いたいですし」
「不安にさせてはならぬゆえ、そっとだぞ」
「局長もまいりましょう」
「わたしは、すでにのぞいてまいった。今宵、手伝いをするつもりだ」
 驚いた。局長が、お産の手伝い?しかし、いいかもしれない。いろんな意味で。
 そう考えつつ、畜舎内に入ってみる。
 なかに入ると、馬房のまえに相棒がお座りし、一心に馬房をみつめている。おれが一歩を踏みだすよりもはやく、鼻面がこちらへ向けられる。
 ううっ・・・。めっちゃ