斎藤の部屋に入るのもいつぶりだろうか。
「斎藤さーん。」
声をかけるとすぐに障子が開いた。
感情の読めない顔で上から下まで万遍なく凝視された。
「どうした。」
「お茶かなと思って。さっき来てたって。」
「あぁ…。」
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何も言わなかったがいいように事が運んだらしく,有り難く三津を部屋に招き入れた。
「ようやくお前とゆっくり喋れる。」
腰を下ろしたと同時にポロッと本音が漏れた。
「私にお話あったんです?」
正面に腰を据えた三津の目を見てこくこく頷いた。
「この間借りた手拭いなんだが…。」
渡すなら今だと小さな棚の小さな引き出しに手を掛けた。
「洗ったのだが汚れが落ちなくてな。だからこれを。」
二枚の手拭いを三津の前に差し出した。
「えっそんなんいいのに!」
予想通りの反応だった。斎藤は首を横に振ってずずいと手拭いを前に押し出した。
「お前に合うものを選んだつもりだ…。気に入らないのなら…仕方ないが…。」
そう告げられて三津は目を丸くして手拭いを手に取った。
「斎藤さんが選んでくれたんですか?」
「あぁ…鈴は厄除けの意味もあると…。」
あの時“奥方様への贈り物ですか?”と聞かれて頷いてしまった事を思い出した。
何故頷いてしまったのか。店主と極力面倒なやり取りをしたくないからだと言い聞かせたけど,心の何処かで偽りでも三津と夫婦であった日が忘れられなかったのだと思う。
「ありがとうございます。勿体無くて使われへんかも。」
三津は大事に胸に抱きしめて笑った。
この笑顔が見れて,斎藤は選んだ甲斐があったと口元を緩めた。
「他の奴らには言うなよ。変な噂立てられるぞ。」
こちらは大歓迎だが三津に迷惑を被るのは御免だ。
三津は大きく頷いて二枚の手拭いを見つめた。
「三津ー!」
折角和んだのに土方の声が響いた。
そんなに叫ばなくてもと思いつつ,それが聞こえて改めて三津がここに居ると思えた。
「はいはい,すぐ行きます…。じゃあおやすみなさい!」
袂に手拭いを隠してからぺこりと頭を下げると,小さな足音を立てて土方の元へ帰った。土方の部屋に戻り,夜なんだから大声で叫ぶとみんなに迷惑だと言ったら拳骨が落ちた。
目の届く所に居ないお前が悪いと。
理不尽だと頬を膨らませた。お茶を出すくらいしか本当に仕事が無い。
「私何でここに来たんですかね?」
「俺に尽くす為だろ。」
「お茶淹れるしかしてない…。」
「居るだけでいい。」
目の届く距離に。この手が触れられる距離に。
本と向き合ってる時と文机と睨み合ってる時はさらっと言える。
さらっと言えてしまうからか相手が三津だからか,さらっと言った言葉はさらっと受け流されてしまう。
『この場合は後者だ…。』
「まさかとは思いますけど寝るのもここ?」
「廊下で寝る気か?」
「私の居た部屋…。」
「物置だ。」
「衝立何処ですか…。」
「さぁな。」
流石に衝立なしで寝るのは抵抗があったが,
“あの日の事朝まで尋問していいのか”との脅し文句に負けた。
ちょっとだけ反抗心を見せて布団と布団の間に微妙な隙間を作っておいた。
警戒心むき出しにしていた三津が眠りに落ちるのは早かった。
その寝息は嫌でも土方の耳に届いた。
『寝たのか?』
静かに起き上がって真っ暗闇に目を凝らす。段々と目が慣れてきたぐらいで,目深に被った布団をそっとずらしてみた。
「おい。」
声には何の反応も示さない。熟睡度合を確認する為に頬を突いてみた。
「んー…。」
悩ましい声を出して一瞬眉を顰めたがすぐに規則正しい寝息を刻んだ。
息を飲んで髪を撫で,それからその手を頬に滑らした。親指を這わせて唇をなぞる。
柔らかなその感触を確認してからもう一度息を飲んだ。
ゆっくりと顔を寄せて,触れるような口づけを落とした。
「んっ…。」
「良かった…落ちた…。」
丁寧に洗った甲斐があった。
点々とついていた血も染みになる前に取れた。
あまりごしごし洗って着物を傷めてしまわずに済んで良かった。
穴なんか開けて弁償だと言われたら,一生タダ働きに違いない。
「汚れは取れたか?」顯赫植髮
「…っ土方さん!」
いつから見られていたのやら。
土方が腕組みをしてこっちを見ている。
「綺麗になりましたよ!」
三津は満面の笑みで着物を広げて見せた。
土方はそれを見て穏やかに笑みを浮かべて頷いた。
「落ちなかったら弁償させようと思ったのにな。残念だ。」
「言うと思いましたよ。でもそんな大金持ち合わせてませんからね!」
さっきまで泣いてたとは思えないぐらい元気で,土方はほっとした。
まだ泣かせてしまった罪悪感が胸にどっかり居座ってた。
「知ってるさ。だからそん時は体で払えよ。」
「なっ!」
三津が耳まで真っ赤にして口をパクパクさせるのを愉しげに眺めてから部屋へ引き返した。
背後で抗議の声がしているが聞こえぬふり。
さっきより気持ちが軽くなった。
『土方さん…もう怒ってないみたい…。』
「良かった…。」
いつもの土方に戻っていて三津もほっと胸を撫で下ろす。
「何が良かったんです?土方さんは三津さんに下品な発言したんですよ?」
今度は総司がすぐ後ろに立っている。
ぷんぷん怒って口を尖らせているから,一連の話は聞かれていたみたいだ。
「そりゃ体では払えへんけど,土方さんの機嫌が直って良かったなって。」
背負ってくれるまでの土方が,どれほど冷たく感じたか。
言葉では言い表せないぐらいの恐怖も感じた。
「でも土方さんがおぶって連れて帰ってくれるの二回目なんよね。また恩が出来てもたわ。」
洗い終えた着物をぎゅっと絞って干しにかかる。
風で揺れる若草色に目を細めた。
「でも土方さんがおぶらなければ,三津さんはここへ来なくて済んだのに…。」
総司の目が悲哀に満ちる。
伸ばされた手はそっと頬に触れた。
「傷…治りましたね。治らなければどうしようかと思いました。」
悪戯っ子の笑顔が今は弱々しい。
『それって…やっぱり私が迷惑って事?みんなの仕事増やしちゃうとか…。』
だんだんとここに居てはいけない気がして,胸が苦しくなった。そう言えば私何の為にここに来てるんだっけ?
それは土方さんにお世話になったお礼に,ここで恩を返す為でしょ?
分かってる。分かってるんやけど役に立ってるかと言えば…自信がない。
「おい…。」
女中としての仕事はバリバリやっている。
料理も美味しいって好評だし…。
「おい…。」
でもここ最近土方さんを怒らせてばっかりだ。
外に出たらいつも刃傷沙汰だし,泣いてばっか。
「はぁーあ…。」
「おいこら三津っ!!」
「はいぃっ!!」
溜め息をついて丸くなった背中がシャキッと伸びた。
「てめぇ,さっきから辛気くさい顔して人の呼びかけにも応えず盛大に溜め息つくとは何事だ?あ?」
「す…すみません…。」
また怒られた。何て駄目なヤツなんだ。
「何考えてた。」
土方の呆れかえった顔により一層駄目な奴と言われてるみたいで辛かった。
「あの…私役に立ってます?」
「それなりにな。そんな風に聞くところ見りゃあお前自身は役に立ってるとは思っちゃいないな?」
バレバレだった。ここまでズバリ言い当てられると何も言えないし,苦笑するほか無い。
「そんな下らない事考えてる暇あったらもっと仕事覚えるか出来る事探せ。」
そうすれば優秀な小姓として,まだ傍に置いておける。誰にも文句も言われずに。
「そ…そうですね,ごもっともです。」
下らない事なんかじゃない。
恩返しに来て足引っ張ってちゃ意味がないんだから。
必要とされなければいる意味がないのに。
「何だよ帰りてぇのか?」
「え?」
土方の真面目な顔が真正面にある。
「そうやないんですけど,居た方がいいんですかね?私…。」
「何が言いたい。はっきり言え。」
鋭く睨まれるのはいつもの事。だけど今日は体がビクビクしてしまう。
「余計な事言いました!ごめんなさい!もう寝ます!」
三津は衝立の後ろに隠れて更に布団の中に逃げ込んだ。
『言うんじゃなかった…。』
ただ迷惑じゃないと言って欲しかっただけなのに。
『何で急にあんな事言いやがる…。やっぱり若旦那となんかあるな。』
居た方がいい?って,まるで自分は居たくないけどここに居ますって言ってるみたいだ。
着物洗ってる時はいつも通りだったじゃないか。
『女って面倒くせぇ…。』
名前で呼ばないでと言うのは,呼ぶのが自分だからだろうか。
『副長以外の男に名を呼ばれるのは好まないのか。』
二人の仲がそんなに深くなっていたとは気付かなかった。
『こいつは副長を深く想ってると言うのに,副長は簡単に任務に使う。
隊の為なら自分の女だろうが容赦ないのか。』
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「少しの間だけだ。」
慰めにはならないと思いつつ,三津の頭を撫でてみた。
すると三津は笑みを浮かべて頷いた。
「はい,旦那様。」
そう言って笑う三津が健気に思えて,一瞬胸が高鳴った。
それから,斎藤と三津はどこに行くにも一緒。
「散歩に行くぞ。」
診療所に行かない日はこうして散歩に誘われて出掛けて行く。
「今日もいい天気ですね。」
こんな会話をしながら歩く姿は夫婦そのもの。
夫婦ごっこを始めて数日が過ぎて,今やこれを楽しむ三津。
「ねぇ旦那様。」
「何だ?三津。」
このやり取りにも,もう慣れた。
決まった時間に決まった道。
そこを散歩するのが仕事だと斎藤は言う。
そんな中,一部の隊士たちの間で妙な噂が囁かれていた。
「三津さんに赤子?」
「そうなんです。最近よく斎藤先生と出掛けるでしょう?
僕見たんです,二人が町の診療所に入って行くの。
それも頻繁に通ってるんです。」
隊士の話に総司はまさかと笑ったが妙に胸騒ぎがした。
それから徐に立ち上がり駆け出していた。
真相を確かめたいが一心で,二人を捜しに駆け出した。
「あ…。」
捜す手間が省けた。
向こうから仲睦まじく歩いてくるのは噂の二人じゃないか。
「あ,沖田さん!」
無邪気な笑顔はいつも通り。
元気に手を振ってくれるその隣りには寄り添うように斎藤がいる。
総司の胸がちくりと痛む。
笑顔で手を振り返したいのに,上手く笑えない。腕が上がらない。
「お出掛けしてたんですか?」
この一言で精一杯。
こんなにも三津の笑顔を見るのが辛いなんて,自分でも信じられない。
「ただの散歩だ。」
『私は三津さんに聞いたのに…。』
三津じゃなく斎藤が答えて,そのまま三津を連れて部屋に吸い込まれて行った。
それを見届けて,ようやく全てが繋がった。
斎藤が面倒を見ると言った訳。
何故責任を感じたのか。
噂は本当らしい。二人が入って行った部屋からは楽しそうな笑い声が聞こえる。
きっとあんな顔で笑ってるんだろうなって,突っ立ったまま考えていた。
『三津さんがどんどん遠くへ行ってしまう…。
それでも三津さんはいつもと何ら変わりなく接してくれるんだろな。』
三津はいつだってそうだ。
誰とでも親しくなれるんだ。
『その三津さんに特別な人が出来たんだ…。
お腹に赤子だっている。喜んであげなきゃ…。』
だけど,信じられない。と言うか信じたくない。
だって隊士たちが見たと言う現場を,自分は見ていない。
『そうだ。私は見てないんだ。そんな噂だけで信じられない…。』
女中の仕事を終えた三津は斎藤の姿を捜した。
今日はユキに会いに行く日だ。
「参ったな…。」
出掛ける時は声をかけろと言われていたのに斎藤が見つからない。
『一人で出掛けたらマズいやんね…。』
斎藤の居場所を知る人はいないか聞いて回ったが,知る者はおらず困り果ててしまった。
「一人でも大丈夫…かな。」
うん,大丈夫だ。
誰かに診療所へ行ったと伝言を託して出掛ければ問題ない。
三津は一人で診療所に向かった。
「すまん…。…またお前か,大丈夫か。」
三津の顔を覗き込むようにしゃがみ込んだのは斉藤だった。
「すみません,また私です。」
笑いながら鼻をさすりゆっくり立ち上がった。
斉藤も首を捻りながら腰を上げた。https://fundly.com/understanding-endometriosis-causes-symptoms-and-diagnosis
人の気配には敏感だ。
いつもならぶつかるなんてことは有り得ない。
「以後気をつけます!」
三津は頭を下げてから小走りで斉藤の横を通り抜けた。
隊士たちが続々と集う広間で,斉藤は腕を組み一点を見つめて考え込んでいた。
『何故気配がない。』
せっせと配膳に勤しむ三津を目だけで追う。
気配がない所か,ちょこまかと動く姿は嫌でも目に留まる。
たえの後ろを三津がついて回り,三津の後ろを隊士がついて回る。
そんな光景をじっと見つめる。
食事の最中も土方の横に座する三津を,より近くで観察したのだが不思議と気配を感じる事が出来なかった。
そして二度あることは三度ある。
風呂へ向かう斉藤はまたも三津とぶつかった。
「何故だ。」
尻餅をついた三津を見下ろし,謝るよりも先に心の声が口から出た。
また気配を感じなかった。
斉藤は怪訝そうに首を傾げながら三津を引っ張り起こした。
『以後気をつけますとか言っといて,またやっちゃった…。』
落ち着きのない奴と思われてるだろうな。
真っ直ぐ自分を見ている斉藤を見つめ返すと,
「お前生きてるか?」
突拍子もない発言に三津は目を瞬かせた。
突然過ぎて呆然としてしまったが,ちゃんと心臓も動いてるし足も地についてる。
それを確認してからこくりと頷いた。
『何でちょっと考えたんだ?見れば生きてる事ぐらい分かる。』
変わった奴だとふっと笑うと,再び足を進めた。
その途中,今度は総司と出くわした。
当然のごとく総司とぶつかる事はなかった。
「沖田,あの小姓には気配がない。」
出合い頭に真顔で告げられ,総司はきょとんとした。
「小姓?あぁ三津さんですか?」
気配がないって何のことだ?
理解が追いつかず首を傾げていると,
「…何でもない。私の思い過ごしだ。」
溜め息をついて立ち去った。
置いてかれた総司は何の事か気になって仕方がない。
「三津さんに聞いたら分かるかな。」
会いに行く口実が出来た。
嬉々として土方の部屋に行き先を変更した。「三津さーん!ちょっといいですかー?」
部屋を覗くと不機嫌な土方と目が合った。
「あれ?いない。」
「あれ?いない,じゃねぇよ。勝手に入って来るんじゃねぇ。」
舌打ちをして拳を振り上げたが,総司は中に入り込み押し入れを開けたり座布団をめくったりして三津を探した。
「…あいつはいねぇぞ。」
「迷子ですかねぇ…?」
それでも箪笥の引き出しを一つずつ開けて,三津を探す素振りを見せる。
「てめぇ…斬るぞ。」
土方の手が柄に掛かったのを見て冗談ですよと苦笑して部屋を飛び出した。
『非番だから自室に戻ってるのかな?』
そう考えて三津の部屋を訪ねたが戻った気配はない。
総司の脳裏にはあの時の嫌な記憶が蘇る。
『まさかまた…。』
急に不安になり駆け出そうとした時,三津の笑い声がした。
耳を澄まして聞いてみると,どうやら大部屋の方から聞こえて来る。
「三津さん?」
大部屋を覗けば隊士たちに囲まれ,楽しそうな三津がいるではないか。
「こんな所で何してるんですか?行きますよ。」
総司は三津の手を掴むと隊士たちを押しのけて連れ出した。
「どこに行くん?」
『また土方さんが呼んでるんかな?』
三津以上に呆然とする隊士たちに見送られて,黙って総司について行った。
と言うより連れ去られた。
連れて行かれたのは総司の部屋。これは予想外。
「あった甘味屋!」
その甘味屋が誘導されていた店で間違いないかは分からない。
もし違ったとしても一刻を争う事態かもしれない。
「邪魔するぜ! 肺癌症狀為背痛咳嗽? 病徵逐個睇 こいつはここの娘か?」
男が一か八かで飛び込んで見れば大当たり。
すぐさま中へ通され,二階の部屋に三津を運んだ。
『良かった,まだ運は尽きて無かったか。』
男はふっと笑って乱れた呼吸を整えた。
「暑気あたりですな。」
駆けつけた医者の診断に功助とトキはほっと胸をなで下ろした。
そして部屋の片隅で胡座をかき,診察の様子を眺めていた男へと体を向けた。
「ホンマにありがとうございました。何とお礼を申したら…。」
功助は畳に額を擦り付けるぐらい頭を下げた。
トキも何度もお礼の言葉を呟いていた。
『よほど大事な娘なのか。』
男は耳の後ろを雑にかきむしって,さっきより顔色の良くなった三津を横目で見た。
「大したことなくて良かったな。」
『やっぱり面と向かって礼を言われるなんざ俺の性分には合わねえな。』
男はより乱雑に耳の後ろをかくと,素っ気ない態度でそそくさと部屋を出た。
「待って下さい!お礼がまだ…お名前は?」
功助とトキも慌てて階段を駆け下り,男の行く手を阻んだ。
「娘さんに何事もなくて良かったじゃねえか。俺は先を急ぐんで。」
『先を急ぐ奴が診察まで見届けたのも可笑しな話だがな。』
矛盾だらけの自分を鼻で笑って早く帰りたいと大股になった。
逃げるように店を出ようとする男を功助たちは必死に引き止めた。
「うちのが迷惑かけといて何もなしってのは私らの気が済みません!」
トキが男の前に回り込んで何とか引き止めようとするが,男は片口を上げて笑うだけ。
「気持ちはありがてぇが生憎名乗るだけ損するのは俺なんでね。
娘さんにはよろしく言っといてくれ。」
男は後ろ手を振りながら立ち去ろうとしたが一度振り返って,
「ついでに道も覚えさせた方がいいぜ?
ここに来るまで苦労した。」
とだけ言い残した。
「行ってもた…。」
そしてやっぱり三津は道案内が出来なかったのかと苦笑した。
功助とトキが呆然と立ち尽くしていると様子を見ていた客が二人を手招いた。
「旦那,おトキさん悪い事は言わん,あの人には関わりな。
あれは壬生狼やで。」「それホンマか?名前は?」
功助はせめて名前だけでも知りたくて客に詰め寄ったが,首を横に振られてしまった。
「俺はあの男が壬生狼やって名乗って浪士と斬り合ってる所に居合わせてもただけや。
でも間違いなくあの男やったわ,それはもう楽しそうな顔で相手を斬り捨てよったんや。」
客は今思い出しても身の毛がよだつと体を震わせた。
「礼をするような相手ちゃうで。みっちゃんが無事やったのが奇跡やで?
そしたらご馳走さん。」
客は言いたい事を言うだけ言って代金を置くと店を出た。
功助とトキは顔を見合わせたまま言葉を失った。
功助はあの男に対する蔑む言葉が何だか自分の事のように悔しく思えた。
「三津を無事送り届けてくれた。それがあの人の人柄を教えてくれてるやないか。」
本当に血の通ってない人間なら見ず知らずの小娘を背負って町中を走るもんか。
「中身を知ろうとせん人は嫌やわ,ホンマに。」
トキは優しく功助の堅く握られた拳を解いてやった。
「三津もあの人がどこの誰やろうがお礼するって探し回るやろ。」
その姿を思い浮かべれば,二人のやるせなかった気持ちが徐々に和らいだ。
「あれ?随分と早いご帰宅ですね?豊玉師匠。
自慢の俳句を引っさげて島原で夜通し披露してくるかと思ったのに。」
「黙れ,その名で呼ぶな。」
土方は屯所に戻るなりまとわりつく総司に拳骨をお見舞いした。
『ちょくちょく発句帳の位置が変わってるような気がしてたのはこいつのせいか…。』
一番知られたくない趣味を一番知られたくない相手に知られてしまった。
『しかも何で句を詠みに出掛けた事まで知ってやがる。』
眉間に深くシワを刻んで睨みつけても総司は嬉しそうに笑っている。
「じゃあ何しに行ってたんですか?」
常に面白い事を探している悪ガキはにんまりと尋問を続けた。