湯浴みを終えた三津は今日はここ数日の疲れを取るためにお客さんでいなさいとセツに言われ,夕餉が出来上がるのを縁側でのんびり待っていた。
「お!?水も滴るいい女がおる!三津さん俺に抱かれる気になったか?」
下品な笑い声を上げながら高杉が近付いてきた。その後ろを酒瓶を抱えて歩いてくる山縣と白石。二人の鼻の下も若干伸びてるのに気付いて三津の目元は引き攣った。
「誰の三津を抱くと?晋作,一度地獄を見るといい。」 顯赫植髮
背後からの冷ややかな声に高杉はぴたっと足を止めた。チャキッと物騒な音がして小刻みに震えながら振り返った。
「冗談やないか桂さん……。二人が相思相愛なんは京に行った時に充分理解したっちゃ。やけんその物騒なモンは納めぇや……。」
「私がこんな所に居たのが悪かったですね。夕餉が出来るまでどっか行ってますね。」
三津は苦笑いを浮かべて小走りで逃げた。
ようやく桂に会えて嬉しいはずなのに初っ端から不機嫌な様を見せられ浮気を疑われ散々だ。
今は一人になりたくて相部屋に逃げ込んだ。『大人しくしてよ……。』
三津は折り畳んだ布団にうつ伏せで倒れ込んだ。
『町の散策楽しかったな……。』
少しばかり気まずい時間はあったけどあの後入江が存分に楽しませてくれた。
あれからやっぱり何か贈らせて欲しいと懇願され根付と紅まで買ってもらった。
むくっと起き上がってその紅を手に取った。多分つける事はほぼ無いと思う。
「三津さん入っていい?」
「はい,どうぞー。」
「桂さんとこ行かんでいいそ?」
入江が中に入り後ろ手で戸を閉めた。そのまま三津の隣り,肩が触れ合う距離に腰を下ろした。
「せっかく久しぶりに会ったのに浮気疑われるし怒られてばっかやもん。」
それで嫌いになりたくないから距離を置いてるんだと苦笑した。
「紅なんか手に持ってどしたん?」
「町散策は楽しかったのになぁって。」
「桂さん嫉妬深いけぇ仕方ないわ。それつけてみん?」
桂に会えた事より自分と行った町散策の方が良かったと思ってくれてると分かり嫌でも顔がにやけた。それに自分が贈った物を大事そうに持ってくれてるのが嬉しかった。
「もったいないからいい。鏡もないし。」
「塗っちゃろ。貸してみ。」
入江はその紅を三津から渡してもらい,それを中指で掬って自分の下唇にぽんぽんと乗せた。
それから何をしてるのかとぽかんと見ている三津の顎に手を添えて唇を合わせた。
唇を離した入江は中指で三津の下唇についた紅をすっと伸ばした。それからまた中指に紅をつけて上唇に塗った。
「うん,綺麗だ。」
目を細めて口角を上げた。紅く染まった入江の唇が妖艶で三津は思わず見惚れていた。
「九一さん絶対女装似合うでしょ……。私より綺麗なんちゃう?」
「いくら私が変態でもその趣味はないな。」
ふっと笑って入江は自分の唇の紅を手拭いで拭いとった。
「まだ取れてないですよ。」
三津は貸してと入江から手拭いを奪って丁寧に残った紅を拭いてやった。
「じゃあ今度は私が拭いちゃる。このまんまやとまた嫉妬の塊が三津さん泣かすやろうから。」
入江は優しく丁寧に三津の唇を拭った。
「三津さんの唇もっと吸いたいなぁ。」
「ん!?」
「桂さんに愛想尽きたら言って?私は傷つけたりせんけぇ……。ね?
はい,落ちたよ。」
入江は紅のついた手拭いを畳んで懐にしまった。これは三津の口を拭った貴重な布だから洗わないでおこうと思った。これも変態の発想だろうか。「これからどうする?多分桂さんが相部屋は許さんやろうから私が部屋移らんといけんよね。
私もう三津さん隣りにおらんと寝られんのにー。」
入江はどさくさに紛れて三津に抱きついた。
「はいはい,距離感距離感。」
そう言って入江を押し返すも三津も入江が傍に居るのが当たり前になり過ぎて居なくなるのはちょっと寂しい。
「こうやって冷たくあしらわれる機会も減るー。」
「そんなんいつでも罵りますよ。」