毒草だと知った瞬間から兵も少し距離を置くかのような動きを見せる。
「芥子という、こいつを乾燥させて摂取することで麻薬になる。ただ触った程度では何もならんから心配するな。鎮痛剤に使えば劇的な効果を発揮するが、後遺症がきついので生きるか死ぬかの時に使うだけにした方がいい」
「薬も過ぎれば毒となる、ですか。焼却処分を進めます、兵等への訓示も行っておきましょう」
「ああ、そうしてくれ。子宮內膜異位症 揖県だけなら良いが……」
そういやこのあたりは東南アジアとの接点だな、何かしらのきっかけがあって阿片地獄に陥ったんだ。来年もまた見回らせて焼却してしまえば、簡単には再度蔓延することもあるまい。これから先苦しむだろうが、それはどうにもならん。
夥県を見に行った騎兵が戻り、あちらは異常がないと報告をあげて来る。その地の有力者に十本ほど実物を持って行き、警戒するようにと助言を与えた。すると揖県のことを耳にしていたようで感謝される。県令が派遣されたら従うとの言質も取れたので、ひとまずは襄安へと戻ることにした。
頸県、春穀県を経由して見聞を拡げさせて戻って来る。秋風も冷たくなってきて、いよいよ冬が近づいて来る。北方と比べると緩いが、寒気が入れば凍死だってするので甘く見てはいけない。
「我が君、宛陵より使いが来ております」
「太守から使いが? いよいよ知らんふりも出来ないな」
年単位で接触をしないことを選んだが、向こうから連絡をしてきたな。時間稼ぎは十分出来た、支配の素地もするからおいそれと悪手もうてないだろうさ。 使者に会ってみると、やはり周昕太守が話をしたいから宛陵までこいとのことだった。
「いつかは行くつもりだった、それが今になっただけの話だな。何か懸念はあるか?」
「保身を蔑ろにしてはいけません。ここは陳紀殿にも同道を願い出てはいかがでありましょうか」
「陳紀殿を? それはなぜだ」
せっかく厄介ごとをかわすために避難してきているのに、こちらから巻き込むような真似は褒められんぞ。
「周太守はその昔、清流派の大夫陳蕃師に教え受けた人物。同じく清流派の陳紀殿が居れば、きっと厚遇するでしょう」
「もしかして陳紀殿は結構な人物だったりするのか?」
そういえば前に顔をみた朝廷の使者が驚いていたよな。
「おやご存知なかったのですね。陳紀殿は陳子を著し、先の黄巾の乱では太尉、司空、司徒、大将軍ら上公全てから是非幕下へと招聘を受けられ、これを辞退した方。入府すれば程なくして卿の位になるでしょう」
うーん、そいつは大人物だ。一方で俺はそんなのを知らずにこんな片田舎に囲っているわけか、世の損失とはこれだな。
「落ち着いた人物だなとは思っていたが、想像を越えていたよ。何なら今からでも県令を譲るぞ」
譲れるものだったか? まあ何とかなるだろう。
「そんなあの方のお気に入りが主君なのです、どうぞ気を大きくお持ちになりますように」
「俺が? どうしてお気にいりなんだよ、何もしていないぞ」
いや、本気でだ。話をしたのも数回で、あまり関わりはない。
「それは、我等清流派の求める姿が、主君と重なるからで御座います」 そういわれてもな、よくわからんがこいつの勧めを容れて動けばいい、深く考えないことにした。
◇
県を張遼と文聘、そして甘寧に任せて、俺は百人の兵を引き連れて宛陵を目指した。部隊は典偉が指揮しているので、道中は陳紀、荀彧と雑談を楽しみながらだ。真冬、年が改まって早々に出かけたので日中だけ移動して、隣の郷に辿り着いたら一泊するのを繰り返し、七日掛けてやって来る。
「ほう、中々の賑わいがあるところだな」
俺で悪かったな。だがその言葉、完全に同意するぞ。荀彧はにこりとするだけで押し黙ってしまう。